2018/03/16

夕べの雲 【再読】

夕べの雲 (講談社文芸文庫)
庄野 潤三
講談社
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kindle版
■庄野潤三
巻末の【著者から読者へ 「夕べの雲」の思い出】によれば、本作品は日本経済新聞夕刊に昭和39(1964)年9月から昭和40(1965)年1月まで連載され、昭和43(1968)年3月に講談社から出版された。
今回は、昭和63(1988)年4月に刊行された講談社文芸文庫の電子書籍版での再読となった。ただし電子版には年譜や作者紹介の資料は入っていない。
初読みは、上記文芸文庫版であった。調べたら2006年の夏だった。12年くらい前ということになる。そんなにか、という感じ。その折の感想はこちら

庄野潤三は、実体験をもとにされた小説や、随筆を書くタイプの作家だという認識。また、後年に書かれた随筆中で本作に触れられているものなどからしても、そう判断していいのではないかと思う。
だから山の上の家の主人である主人公は「大浦」という名前になっているが、これは庄野さんがモデルなんだろうな、と思って読んでいる。

本書は13の章から成っている長篇小説である。これといった事件もなく、主人公(職業などは出て来ないが、在宅の仕事であり、たまに外出する程度。読み手は庄野さんがモデルだから作家なんだろうなと思って読んだが、そういえば出版にまつわる話や編集者が1回も出て来ないなあ。白紙で読んだらこの人何して生計を立てているひとか謎のままかも)、その妻、高校生の長女(晴子)、中学生の長男(安雄)、小学校に上がったばかりの次男(正次郎)という一家の日常が描かれている。せいぜい、近所の山くらいまでしか出て来ない。大浦の交友なども、近所のひととの実務的なやりとりくらいで、一人(井伏鱒二がモデルなんだろうなあ)という方が出てきて、これは後年のエッセイで甕の話がそのまま実話として描かれている。ちなみに、井伏鱒二の随筆で、旅館で甕を見初め、もらってくる話を昔読んだことがあるので「ははあ、あれか」とわかることが出来た。こういうのはちょっと嬉しい。

庄野さんの随筆では長女の夏子さんがよく登場するが、本書ではあんまり出て来ない。園芸部に所属していて、勉強も母親の手伝いもきちんとして、弟たちの面倒もみる、しっかりもののお嬢さんだということが描写から伝わってはくるが、直接の言動はほとんどない。これは、年頃のお嬢さんだから、書かれたくない、というのもあるのかな?
本書でスパイス的に彩を添えて活躍するのは安雄・正次郎の兄弟で、特に安雄が「サザエさんのカツオくん」並に面白い。中間テスト期間に、次の日の時間割を確認しないまま帰宅して、母親に訊かれてせっつかれて友達に電話するシーンなど、「本当かなあ」と思う。庄野先生のご子息にして、これは無いでしょう。だから「小説=創作」かなあ、などと考える。

今回久しぶりに読み直したが、間にまったく読まない日が何日もあったりして、読みはじめてから読み終えるまで日数をかけてしまったが、それは再読というのもあるけれども、本書が「スジ・展開で読ませる」タイプの小説ではないことが大きいだろう。「次はどうなるのだろう」というのが無い。でもじゃあ面白くないのかというと、そんなことは全然無くて、読んでいると一家の生き生きした様子が活写されていて楽しくなる。良い小説だ。
覚えていなかったのだが「雷」の章を読んで、かなりびっくりした。
家の中にいても雷に感電したというのをテレビで観たことはあったが、こんな風になるものなの?
環境が、山の上の一軒家で、周りに避雷する建物も大きな木も無い、というのが大きいんだろうが……。

雷のクライマックスシーンを引用。
なお、この日、大浦は、その日の流れで急きょ兄と一緒に旅行に出ることになって、留守であった。つまり、以下の描写は奥さんから後で聞いたものであろう。しかし迫力がある。

台所の方で二、三度、続けざまに破裂するような音がしたかと思うと、台所中が鳴り出した。
 それは、お菓子の罐の蓋を両方の手で持って、反らせると音がする。それをもっとかん高くしたような音であった。細君はそれが調理台のステンレスがあっちこっちで鳴り出した音だということに気がついた。
 台所が赤くなった。それは写真をうつす時にマグネシウムを焚いたような明るさであった。その中で何回か、いまのは確かに家の中に落ちたと思う音が聞えた。
(中略)
あくる日、駅前の酒屋の若主人が御用聞きに来て、細君にこういった。
「うちから見ると、この山の上に火柱がいくつも立って、空が真赤に見えました。それが丁度お宅の真上なので、ああ、大浦さんのところ、全滅だなんて、話してたんです。でも、よく燃えなかったな」

細君は、大浦が家にいたら、きっと台所に様子を見に行っただろう、そしたら頭に雷が落ちていたかもしれない、留守で本当によかったと云う。
心細かったろうと思いながら読んでいたけど、そう言われたら、そうかも、と思った。

余談だが、長女さんはご結婚後「今村夏子」という名前になった。作家に同姓同名の方がおられるので勘違いをしそうになるが、年齢が全然違う。別人である。
でも作家になっていてもおかしくないような気がしてしまうのは、わかる。
庄野潤三さんのご長女、今村夏子さんは昭和22(1947)年生まれ。
作家の今村夏子さんは、1980年生まれである。

目次

終りと始まり
ピアノの上
コヨーテの歌
金木犀
大きな甕
ムカデ
山茶花
松のたんこぶ
山芋

期末テスト
春蘭

著者から読者へ