2018/02/06

森(新潮文庫)
森(新潮文庫)
posted with amazlet at 18.02.06
新潮社 (2016-06-17)
売り上げランキング: 38,798
kindle版
■野上弥生子
本書が新潮社から刊行されたのは1985(昭和60)年で著者99歳のときというから驚きである。書き始めたのは82歳のとき。

残念ながら遺作となった本書は完結こそしていないものの、kindleで8796pあり、ストーリーはほぼ終盤のまとめ手前まで来ていたようなので、実際読み終えてそんなに「放り出された感」は無い。
本書で1986年、日本文学大賞受賞。

野上弥生子は明治33年、14歳のときに単身九州の生家を離れ上京し、明治女学校に入学する。
この物語の前半の主人公・菊地加根(15歳)は九州から単身上京し、日本女学院に入学する。
つまり加根のモデルは著者自身と云えそうだが、本書巻末に収録されている一文(「作者の言葉」昭和47年5月号第1章発表時に同時掲載されたもの)により本書はあくまでフィクション、ということになっている。

ウィキペディアから明治女学校について本書に関係ありそうなところを拾ってみる。
明治女学校は、1885年(明治18年)から 1909年(明治42年)まで、東京にあった女学校。
1892年、巌本が2代目校長となった。
1896年2月、深夜の失火で、校舎・寄宿舎・教員住宅の大半を失った。
1897年(明治30年)、東京府北豊島郡巣鴨(現・豊島区西巣鴨二丁目)に校舎を新築した。

以下、この話の内容に触れます。

白紙で読んだので、女学校もので、寄宿舎もあって、明治が舞台、ということで「嗚呼文学版リアル『はいからさんが通る』!」古き良き海老茶袴に編上げ靴、ポンパドールに絹のリボン、笑いさざめく思春期の、キリスト教の教えと時代の先端を行く女学生たちの日常を描いた作品かと非常に楽しみに読み進んでいったのだが、ちょっと期待が大きすぎたというかわたしの妄想が激しすぎた。
そもそも加根は叔父さんの家からてくてく片道4キロ半あまり歩いての徒歩通学で、寄宿舎生ではない(学園のほとんどが寄宿生なんだけどモデルである著者自身がそうじゃなかったってことだよなあ)。
しかし学友の寄宿舎に遊びに行ったり、お泊りしたり、クリスマスのプレゼントを買いに行って交換したり、相手からは手作りのをもらったりとなかなかに楽しい。
仕事の都合でずっと大阪にいる叔父さん、その妻(元芸者)も月に数日帰ってくるだけで、留守はその芸者妻絡みで雇っている爺やと婆やで、元板前の爺やが料理担当。でも少女の加根はいろんな点で金勘定も気配りもまだまだ至らなくて、その当時は考えもしなかった、とかいうのがちょいちょい出てきて、それが「実際、そんなもんだよなあ」としみじみリアルで、面白い。

ところが4章くらいから加根が全然出て来なくなる。学園の森に小さい小屋を建てて絵の勉強やらしている苦学生(篠原健)の話になって、横道に逸れたなあと思っていたらその話が終わってもどるかと思いきや第5章からは園部はるみの話が始まって、それ以降の章はずっとはるみの話になる。はるみは学園の生徒だが、全然女学生らしい話にならない。彼女の複雑な生い立ちや、内心の葛藤がメイン。

園部はるみについては、最初のほうから登場しているのだが、外見は学校で1,2を争う美少女という設定。もうひとりの美少女といつも一緒にいる為、「ソプラノ」「アルト」という徒名をそれぞれ持っていて、二人セットで「デュエット」と呼ばれている。ただしそのライバルと表面上はいつも一緒で仲良くしているが内心ではお互いに負けまいと競っていて、実は全然仲良くなくて、周囲にそれはバレバレ、みたいな書かれ方をしていて、あんまり好きになれないタイプだなあと思っていただけに、いっこうに同情できず、共感もしづらく、結果的にストーリーをなぞるだけになってしまって面白くなかった。

展開(苦学生にどちらがより好かれているかの競争心、学園長との忌まわしき一夜、画家からの熱烈求愛を受けるも前述の理由で拒否)もいままで何十回と描かれたようなありふれた恋愛だったし、そもそも文章がもってまわっていてはっきりそれをそれと書かずにほのめかして悟らせるタイプのものだから回りくどかったし。あと前に書かれていたことが重複していたり。高齢の著者が1日数枚ずつ、十年以上かかって書いた長篇だからまあ、そういうことは仕方ないんだろうけれども(というかそれを考えたらものすごくよくまとまっている)。
学園長云々のくだりはそれまで聖人君子のごとく、この学園の理想の導き手のように描かれていただけに、そのへんを「ほのめかし」描写でいきなり爆弾落とされて、しかもあんまり後追いもなくて、「さては勘違いしたかな」と思いそうになるが、やはり「事」は起きたのだということは書かれていて、それにしたら、学園長側がなんの変化もなさそうなところ(というか書かれていない)が昔は男側はそうだったのかもしれないんだけど、なんだかとっても納得いかなーーーい!
最後の最後まで著者が書けていたらそのへんのフォローもあったのかも知れないが……というか遺稿でいきなりまた加根が出てきている。

この話ではモデルの名前そのままに出てきているのと、仮名になっているのとが入り混じっていて、ちょっと調べたら簡単に「実際あったこと」との照合が出来そうである。
学園長のモデルとされた巌本善治の項を読んでみたら、【女癖が悪かった】という妻や周囲の証言が載っている本(星野天知『黙歩七十年、「壮年時期上、神前の名薬も妻の故障で」』)があるというような記述がある。教え子に手を出すというのは相当外道だ。この小説ではそのほのめかし以外は「亡くした愛妻を思って再婚もしないロマンチストで素晴らしい先生」像で描かれていたからびっくりしたけど、当の奥さんにそう云われていたなんて全然違うじゃないか、って、あ、「フィクション」でしたね……。
14,15歳のときの見聞きしたものと、大人になってから調べてわかったことの違いをどう処理するか迷った末に「自伝小説」ではなく「創作」とした、という主旨の一文があったのはこういうところなのかもしれない。
さぞかし、知った時はショックだったでしょうなあ。