2018/01/30

真知子

真知子(新潮文庫)
真知子(新潮文庫)
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新潮社 (2016-06-17)
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kindle版
■野上弥生子
エッセイを読む前に小説を読んでおきたくなって、初めて読んだ野上弥生子。
すんごく面白かった!!
どうなるんだろう、という興味でずっとドキドキハラハラ。
純文学でなくて、通俗小説なのかな?
難しいことはちっともなくて、主人公の気持ちにもすごく共感しやすくて、昭和のはじめに明治生まれのひとが書いた小説とは思えないくらい。
勿論、時代ならではの舞台設定があり、思想や社会環境もあり、深く学術的社会派的な関心・研究心で読み込むことが出来るだけの深みも備えていて人間関係もそれらと無関係ではないが、純粋に、お話として面白いのだ。

野上弥生子(彌生子)【1885年(明治18年)5月6日 - 1985年(昭和60年)3月30日)】
1906年(明治39年・21歳)のとき、野上豊一郎【1883年9月14日 - 1950年2月23日】と結婚。
雑誌「改造」に初長編「真知子」の連載が始まったのは1928年(昭和3年・43歳)。
1931年、鉄塔書院から単行本刊。のち角川文庫、岩波文庫(上下)、新潮文庫(その電子書籍版を今回は読んだ)。

この小説に関係ありそうな当時の出来事をウィキペディアから拾ってみる。
1929年 文芸誌「戦旗」小林多喜二『蟹工船』掲載
1930年2月26日  共産党員全国一斉検挙開始
1930年4月10日  銀座三越開店
※日本に初めて百貨店が出来たのは1904年(明治37年)頃。
1931年9月18日  柳条湖事件(満州事変勃発)

*主な登場人物
曽根真知子 主人公。もうすぐ24歳。美人であるという旨の描写複数回あり。「五尺三寸」とあるから160㎝くらい。当時の女性としては長身。専門学校卒業後、東大の聴講生として社会学を学んでいる。「可なり高い地位の官吏であった」父親は既に亡くなっており、二人の姉が結婚してからは未亡人(本書ではほぼこの表現で登場する)である母親と下女とで暮らしている。
未亡人 真知子の母親。
曽根 真知子の兄。北海道の大学で生物学を教えている曽根家の当主。真知子の母とは「義理ある間柄」。
 長兄の妻。美人。裕福な田口家の出で、いずれ東京に戻り真知子が嫁いだあとの義実家を建て替えることを画策中?
上村辰子 真知子の6つ上の姉。派手な美人。芝の上村家に嫁いだ。夫(上村清三)は女道楽の放蕩者だが、多額納税議員の息子な為、物質的には裕福な暮らし。子どもがなく、両親とも別居のため、着道楽、観劇や稽古事で日々を飽かしている。
山瀬みね子 真知子の下の姉。昔曽根家で書生をしていた現高校教師の夫(山瀬)と幼い娘(きいちゃん)、テリア犬のアキルとY-に在住。学者コンプレックスのある夫の書籍代が馬鹿にならない様子。
田口 真知子の兄嫁の父親。内科の著名な博士で大きな病院を持っており、裕福。目白に屋敷がある。
田口倉子 真知子の兄嫁の母親。ひとを身分で区別し、常に話題の中心にいなければ気が済まないタイプ。社交界での付き合いなども豊富で、縁談を取りもつことも多い。真知子にも再三縁談を持ちかけては断られているのでやや批判的。
木村富美子 21歳。田口家の娘で真知子より2歳下だが5か月前に父親の病院に勤務している医者(木村)と結婚し、父親掛かりの家で暮らしている。気立てがよい。
河井 旧家で千万長者の河井家の一門。考古学者。母親は徳川家の血統を引いた大名華族の出身。真知子の兄と知人。
柘植多喜子 柘植子爵の娘。富美子の友人。河井と縁談がある。
竹尾 真知子三度目の見合い(?)相手。
大庭米子 聴講生仲間。親しい友人。東北出身。地主の家だったが、兄の病気等で没落し、同郷の関の感化を受け、セツルメントで働くようになる。
関三郎 革命運動家。東北の出身。水車場の息子。左傾的な騒動で大学卒業前に退学となった。西洋の俳優に例えられるほどの美形。山瀬の元生徒。

*大雑把なあらすじと感想。
まあまあ裕福な家庭に育った真知子は教育を受け、知識もある意識の高い女性である。自分らしく自由に生きたいと思っている。好きな相手すらいないのに、形式的な結婚など考えたくない。
ところが、母親を筆頭に周囲は「(社会的立場のより高い男性と)結婚してこそ女は幸福」という考え方を譲らず、見合い写真をあちこちに配り、出会いの場や見合いを再三セッティングする。
そんな中、真知子は友人の家で関という、どう見ても労働者階級だろう男に出会う。この関がぶっちゃけ俳優張りに美形だったから「物語」が始まったわけである(真知子は顔に惹かれたわけではないと云うだろうけども)。
関がまた、真知子にはつれなくして無愛想で、友人の米子には同郷の親しさを垣間見せたりして、意識的かどうかしらないが駆け引きがが巧い。
世間知らずで恋も知らないお嬢様の真知子なんてイチコロである。
貧しいだけだったらまあ仕方ないが彼はいわゆる「赤」つまり共産主義者だった。現在裁判を受けている身。
最終的には米子にも真知子にも不誠実な最低野郎だったことが判明し、彼への評価は一気に地に落ちる。

読んでるほうとしては同時期に登場しているお金持ちで、学者で、穏やかで人付き合いもそつのない穏やかな河井青年のほうがよっぽど良いと思うわけなんだけれども。
でも彼には別の縁談があって、美人で素直なお嬢様で真知子より若いし周囲も熱心に推しているのでそっちとまとまっちゃうのかなあ、残念と思いながら読んでいくわけです。

この小説にはプロレタリアートとブルジョワの対比もあるし、主人公はブルジョワに生まれ育ったことに罪悪感みたいなものを感じたり、親戚や周囲のブルジョワぶり、地位や財産でひとを判断し、即物的に判断することなどに辟易していて、ややマルキシズムにかぶれているが、これはこの時代の知識階級の若者には(その程度の差はあれ)ごく普通の思想だったのではないかと思う(というか、マルキシズムは流行らなくなって久しい現代でも普通にこういう人種は批判されるしなあ)。

面白かったのはそういう当時の「貧しさに耐えて社会平等を説く正義・ヒーロー像」に描かれることが多いマルキストの関が、女関係においてかなり下衆なことが判明するくだり。
こーいうのは男性作家は書いてくれない気がする!
さすが野上弥生子先生!

ジェーン・オースティン高慢と偏見』(1813年刊)の日本版みたいな話。あれが好きなひとはこれも好きなのでは。

ウィキペディアによれば宮本百合子『伸子』改造社(1928年)を意識して書かれた、とあるからこれも読んでおくべきか…?

美しい主人公の恋のゆくえ、上流社会の「オホホホホ」な煌びやかな社交界描写(園遊会や観劇、ピアノの発表会など)と目配せ飛び交う人間関係。
昭和の最初の方の話だけれども、基本的に「女社会」の根底に流れる腹の探り合い、立場・位置関係がもたらすマウンティングの応酬(?)など、現代にも通じるものがあって昼ドラっぽくてすっごく通俗的(非高尚ゆえにこれがまた面白い)。