2017/10/06

十二章のイタリア

十二章のイタリア
十二章のイタリア
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内田 洋子
東京創元社
売り上げランキング: 21,321
■内田洋子
7月に刊行された単行本。
内田さんのエッセイは宝石箱みたいなものだから、流して読むなんてもったいないことはしたくない。
枕元に置いて気力があるときにのみ少しずつ日数をかけてゆっくり読んだ。
東京創元社刊というのもなんだか良い。好きな出版社のひとつだからだ。何故東京創元社? どんな御縁?
内容的に全然ミステリーは関係ないんだけど…。
通しテーマはタイトルにも表れているように「書物・出版物」にまつわる人間模様@イタリア。
書籍をたどる旅だからか、若い学生の頃の話や、仕事を始めた駆け出しの頃のエピソードも多く、どういうふうに仕事を自分で切り拓いていったのかが垣間見えて興味深い。

全体を読んで、これはいままでもうっすら感じていたことだけれども、誰とでも仲良くなれそうで、深い話を魔法のように聞き出してしまう内田さんだけれども、案外「好き嫌い」ははっきりしていて、でもそれをオモテには(作品上というだけではなく)出さないだけなのかな、と思った。きっちりひとを見る目がおありだから、「判断」されているのだろう。また、そうでなければ、異国の地で長年通信社などやっていけないだろう。

ひとがひとを呼ぶ。
ひととの繋がりが次のつながりを生んでいく。時に、思いもかけない連鎖が広がる。
時間と、情熱と、誠意、何より、著者の人柄。
そして時代のバックアップもあるのかなあ、昨今の不景気な日本でこれは成立する?
いろんなことを考えながら、見知らぬ地、見知らぬ異国の人の表情を想像しながら読む。

以下、目次に沿って軽く覚えメモ・感想コメントなど。

目次
1 辞書
時代遅れの伊和辞典に苦しんだ大学時代。東京で知り合ったイタリア人脚本家の母親宅を訪ねた若き著者。
2 電話帳
ミラノでの生活の始まりは、まず電話帳を丹念に繰ることからはじまった。
【町の生き生きした様子をそのまま日本に持ち帰り、紹介できないものだろうか】という著者の思い付きから思いもよらぬ協力者を得て東京で開かれた企画展「イタリアの家」をイメージした『CREATIVITALIA(イタリアの創造力)』。これは見たかったなあ…!
3 レシピ集
ミラノの地方ラジオ局の、リスナーたちの熱狂的な支持を受けている料理番組のパーソナリティの本業は建築家だった。ステファニア・ジャンノッティという女性は不思議な魅力の持ち主で…。そんな彼女が出版したレシピ集の話。
4 絵本
絵本作家レナートの話。【他の誰にも真似できない雰囲気を持つ人】【多才な人】そんな彼の住む家もまた風変わりだった。
のんびり読んでいたら、後半ぎょっとさせられる。
5 写真週刊誌
パパラッチとの仕事。30年前著者が通信社をはじめたころはまだまだイタリアについて日本での認知度が低かった。繋がりを作るために片っ端から電話を掛けては仕事を持ち掛けた。
6 巡回朗読
公衆電話と出始めのワープロで仕事をしていた時代。タイプライター派がまだ主流だった時代。
知人の編集局長が地産地消の文化イベントを企画した。朗読会が毎夜催され、そこに登場したギタリストのピナは素晴らしい音色を奏でた…。
7 本屋のない村
北部イタリアのエミリア地方にある村。初めて訪れたのは25,6年前。そこでの素晴らしい昼食。チーズ、茸…。
8 自動車雑誌
簡易食堂「マリア食堂」。そこはフェラーリ倶楽部の事務所だった。そして現れたのはなんと公爵夫人…。
9 貴重な一冊
ジェノヴァで開かれたヴァレリオの個展。そこで教えられた金物細工職人。彼がいま行っているのは古典文学全集を金箔で覆う仕事だった…。
10 四十年前の写真集
どこにでも持って行く本。ナポリの下町を撮った写真集。22歳、初めてのナポリは1890年11月の歴史に残る大地震に見舞われた直後だった。大学も機能していない状態で、町で会うひとの付き合いをきっかけに輪の中に入っていく…。
11 テゼオの船
ヴェネツィアの離島。ウンベルト・エーコが亡くなった。地元の人々との交流、エーコ教授を偲ぶ…。
12 本から本へ
ヴェネツィアに【近年ときどき、住んでいる】著者。それは干潟の暮らし。そこにある通いつけの古書店…。
あとがき
本に旅先からの絵はがきをはさむ。見返すと本の間から旅が思い出される。素敵だなあ。