2017/09/22

湖中の女

湖中の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
早川書房 (1986-05-31)
売り上げランキング: 3,150
kindle版
■レイモンド・チャンドラー 翻訳:清水俊二
本作は1943年に発表された”The Lady In The Lake”の全訳で、私立探偵フィリップ・マーロウ・シリーズ長篇第4作にあたる。
電子書籍版にも翻訳者によるあとがきが収録されている。

化粧品会社の社長から失踪した妻の行方を探してほしいと依頼を受けたマーロウ。
夫婦関係は破綻しており、妻は愛人と結婚するという電報を寄越していたのだが、相手の男が否定した。妻のふるまいに不安なところがあるので所在を確認し、自分に火の粉がかからないようにしてほしい、というものだった――。

一言でいうと、非常にミステリーらしいミステリー。本格っぽい。
その本格っぽいトリックについては、本格ミステリファンは「ああこれだな」と出てきたときにだいたい気が付くと思うのだが、登場人物がそれなりに多く、複数の事件・要素が絡み合っているので、全体の絵解きや絡まり具合がどうなっているのかというのまでは読み進まないとわからない。
なので、最終部の種明かしであっと驚くどんでん返し、というレベルまでは行かないが、大筋は予想通りだが細かいところまでパズルがピタリぴたりとはめられていく完成美を楽しむというか、「ああそういうことか」と頷き確認していく面白さ。

1943年に発表されたということで、第二次世界大戦の影響を著者の心情的にも受けている、と「訳者あとがき」にフランク・マクシェインの評論文から引いてあるが、そういう判定ができるほどチャンドラーを読み込んでいないので、正直わからなかった。冒頭の【政府に供出されるためにそれが取り除かれていて】とか、文中に【兵隊に徴られ】というのや、【灯火の警戒管制が実施される前のことで】というのが出てきたときに「あ」と思ったくらい。そもそも、戦時中の我が国の文学がもっと強烈に戦争の影響が濃く出ているので、それと比べたら全然なのだ。「金髪美女との恋愛が出て来ない」とかあるけど、まあ軽いジャブみたいなのはあったし、そもそもわたしが女だからか、チャンドラーの小説を読むのにそれを楽しみにしているっていうのが皆無だから、っていうのもあるのかも。

この作品では出てくる警察の人間がいずれも興味深く、最初っから「これは良いキャラクターだな」「いい警察官だ」と思うパターンと、最初は「いつもの横暴で嫌な警察官か」と眉間にしわを寄せていたのが読んでいるうちにその人間の背負っているものなどが見えてきて単純に毛嫌いできなくなり、同情・共感の念がわいて彼の良いところが見えてくるパターンとがあった。
特に後者のような現象は警察官だけでなくどの登場人物にもすべて当て嵌まり、小説の読後感を味わい深いものにしている。
善人・悪人の区別、敵・味方の区別は現実的には明確化されないほうが多いだろうし、付き合いの中でいろんな面が見えてくるのが普通だ。推理小説においては「善人と思っていたのが犯人でこんな裏の顔があった」というのはお決まりのパターンだが、そういうどんでん返し的な描かれ方ではなく、読んでいくうちに自然と少しずつわかり合っていく、あるいは合わないところは合わないままに。
こういうところが、チャンドラーの小説の面白さであり、ファンを増やす要因のひとつなのではないかと思う。すべてわかったうえで再読したらまた興味深い発見がありそうだ。

いつもながらタイトルが内容を含んだうまいもの。
翻訳文がやや古く感じるが、原文が1942年に書かれたものだから雰囲気的にはそれくらいで丁度いいと言えるかもしれない。
そうなんで」と出てくるたびに江戸時代の丁稚が浮かんで捕物帳みたいな気がしたがこれは翻訳者の当時のクセなのかなあ、同著者の他の作品では出て来なかったような気がするのだが。
この作品の村上春樹訳は現時点ではまだ出版されていないようだ。

レイモンド・チャンドラーの生涯
フランク・マクシェイン
早川書房
売り上げランキング: 463,395
ググったらヒットしたフランク・マクシェインの本。値段を見て購入意欲がしぼむ。