2017/06/08

西南シルクロードは密林に消える

西南シルクロードは密林に消える (講談社文庫)
講談社 (2016-10-14)
売り上げランキング: 368
kindle版
■高野秀行
「もうジャングルはたくさんだ!」と心中、何度罵ったことか。もはや私は森に対して陰湿な悪意しか感じなくなっていた。

身も蓋も無いことは承知だが、本書を読んでいるとつい「どうしてこんな、しなくてもいい苦労をわざわざしてるんだろうか高野さんは」と数回思ってしまった。答えはまあ、それが仕事になる職業だから、になるのだろうか。

いや、違うな。
誰に強制されたわけでもない、企画を立ち上げたのも自分だしそれどころか日本や旅先でいろんなひとをその苦労に巻き込んでいる。お金、というけれども大したお金は動いていない(何しろスポンサーもついていない個人の行動だ、案内役や現地の村に落とすお金なんて知れている)。
高野さんがやりたがったから、だ。
自分の職業としての成果に対する奮い立ちみたいなのもあったようだ。そのへんは本書の最初にも書かれている、でもヤッパリ読んでいくうちにジャングルでヒルまみれになっている場面なんかでついつい「何を好き好んで」と思ってしまうのだ。まあ、誰にでも出来ないことをやるから高野さんの職業が成り立っているんでしょうけどね。

高野さんの著作はkindleで日替わりセールによく上がってくるが、リスト化していて気付いた。セールになるのはどれも集英社文庫なのである。しかし講談社文庫の本書『西南シルクロードは密林に消える』での行動のツケが『怪魚ウモッカ格闘記 インドへの道』(集英社文庫)に回ってきたりして、流れ的に『西南…』は押さえておきたい。考えていたところに“講談社の書籍・雑誌 1万点セール”が行われ、検索してみたら高野著作も該当していた。これぞ好機! 有難し!

本書は一般に知られるシルクロードと違い、中国四川省の成都を起点とし、ビルマ北部を通ってインドへ至るルートを云う、が、そもそもルートも不確定だし治安的にも地理的にも環境的にも厳しい。そもそもビザが取れない。そんな誰も行こうとしないところへあえて行くのが高野さんなのである。もちろん法に反しています…(だから本書でもひどい目に遭うし、その後もネタバレになるから伏せるけど辺境作家としては大変なペナルティを負う)。
この旅は2002年で、講談社から単行本が2003年2月刊、講談社文庫が2009年11月刊。「文庫版あとがき」が登場する人物のその後に触れているので文庫版推奨(電子書籍では解説は割愛されている)。

旅先で現地のゲリラの伝手をたどってポーターや案内人を得て旅を繋いでいくのだけれど、本当にびっくりするくらい金銭による報酬が出て来ない。
そして最初の印象が悪かった相手と一対一でつきあってみると意外にも……というのが二人出てきて、これがかなり印象的だった。
高野さんは普通に書いているけれど、状況や周囲とは違う立場なだけかと錯覚するけれど、やはり難しいことだと思うし根本は「個」の人間性だろう。つまり高野さんの人間づきあいの腕のなせる業だと思う。

本書の中である父と息子の感動の再会などという高野本には珍しいベタな感動シーンがあるのだが、高野さんはなんのかんのでこの息子の学費を出すことを決める。おおおおお。そして彼ら親子にはびっくりの後日談があるのだがこれ以上の言及は控えたい。是非読んで欲しい。この親子のネタだけでも本書には凄いドラマがある。波乱万丈の小説の主人公より凄いよ!

本書を読んでも「西南シルクロード」については正直よくわからない。だいたいが本文中でもあんまりその痕跡を辿るだとか歴史的な意義とかそういう記述がなかったし。ふつう「シルクロード」って云ったら「歴史ロマン」が付いて回るというか定番だと思うんだけど、そんなことよりも虫とかヒルとかジャングルとか、そもそもビザなし国境越えとかいう違法なことをずっとやってるので「明日はどうなる?」っていう不安、日陰者の意識がずっとあって。最初の方では無難に法を守って行くルート案とかもカメラマンのひとと話したりしてたときもあったんだけど、なんせ相手は政情不安な国、現地で頼りにするのがゲリラのみなさん、警察に捕まったら即アウトなので裏街道(というか道ならぬ道)を行くこともしばしば(たまにイケそうなところでは自動車とか電車とかにも乗ってるけど)。
一番乗り物で凄かったのはやっぱりジャングルで象に乗って進むところかな、落ちたら死ぬんだけど、睡眠不足で寝そうになって大変。人が歩いたほうが早いっていう速度で、しかも揺れるから酔いそうになる。絵的にはいいけど…っていう。

いろんな美しい景色とか珍しい景色が文章で出てきて頭のなかで一生懸命想像するけどカメラマンがずっと同行していたわけではなく(森清さんは講談社のサラリーマンカメラマンなので期限が40日と限られていたため)、高野さんもカメラを持っているんだけど全体に本書は写真が少ない。俳優張りのカッコイイ現地人が何人もいる、とか書いてあるシーンに写真が無い!(もちろん美女のも無い)。
残念だ。
まあそれは冗談として、この本はドラマチックさとか行程の困難さとか内容の濃厚さとかで高野本の中でもかなり密度が高いと思う。いつもながら本編よりあとがきとかエピローグとかで巧いことまとめてくるテクは流石酒の席の勢いで真面目なカメラマンを言いくるめるおひとよのう、という感じだ。このへんがインテリっぽさの残るところというか。

森清さんのホームページがあり、彼の撮る写真の美しさにしばし見とれた。

目次
プロローグ

第1章 中国西南部の「天国と地獄」――中国・四川省~貴州省~雲南省
1.シルク発祥の地・四川省成都/2.三星堆遺跡の驚異/3.棺桶の見下ろすパラダイス/4.知られざる中国最貧地帯/5.中国のバリ島・大理/6.タイ族の古都・瑞麗の天国/7.タイ族の古都・瑞麗の悪夢/8.全財産は風とともに去りぬ

第2章 ジャングルのゲリラ率軍記――ビルマ・カチン州1
1.カチン軍ゲリラ出現/2.中国公安に捕まる/3.トゥ・ジャイ議長との会談/4.カチン軍の総司令部にて/5.あらゆる障害を乗り越え、いつも元気な兄弟/6.ジャングル・ウォーク開始/7.アガの川/8.ジャングル搭象記

第3章 密林の迷走――ビルマ・カチン州2
1.文明という名の重力/2.中国気功整体に救われる/3.なぜカチン人は熱心なクリスチャンであるのか/4.窓際大尉の憂鬱/5.ビルマ「逆ウラシマ体験」

第4章 秘境・ナガ山地の奇跡――ビルマ・カチン州~ザガイン管区
1.インド国境へ/2.怪しい大尉と舟の旅/3.七人の侍とタカノ井戸の夢/4.エピキュリ大尉と焼畑の将軍/5.聖域プンラブム山を越えて/6.謎の西南アヘンロード/7.ビルマとインドの狭間で「アジノモト」/8.生き別れの親子、奇跡の対面

第5章 異常城市――インド・ナガランド州~ベンガル州
1.密林のドン・キホーテたち/2.東側の実家と西側の里親/3.ゾウ・リップの西側シルクロード独自調査/4.インド国境を越える/5.武装町内会の冒険/6.「用心棒」状態のナガランド/7.未来の独裁者クガル/8.大どんでん返し/9.カルカッタへ

エピローグ
あとがき/文庫のための注/文庫版へのあとがき/参考文献