2017/05/16

坑夫

坑夫 (新潮文庫)
坑夫 (新潮文庫)
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夏目 漱石
新潮社
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坑夫
坑夫
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(2012-09-27)
kindle版
■夏目漱石
学生時代に漱石作品を新潮文庫で買って続けて読んでいたとき、有名な作品、自分が興味がある本から手を出していき、本書なんかはタイトルからして泥臭く感じて後回しになっていた。しかも実際読みはじめても全然「わたし個人が夏目漱石の小説に抱いているイメージや、好み、求めているもの」と違うので、非常に恥ずかしい話だが、途中まで読んでほうりなげてしまっていた。

このたび奥泉光・いとうせいこう『漱石漫談』で本作品がとりあげられていたこともあり、kindleで青空文庫版をダウンロードして再挑戦。
数日かけてなんとか最後まで読み通すことができた。

「なんとか」というのはやっぱり読みながら「わたし個人が夏目漱石の小説に抱いているイメージや、好み、求めているもの」とは全然違うなあ、とずっと感じていたからだ。
ただ、もう途中でやめようかなと思いつつも開いて読みはじめたらするする読める。さすがは文豪が新聞連載した小説だけあって、興味がなくともそれなりに面白く読めるようにできているということか。

あと、わたし自身が「これは夏目漱石の小説だ、という固定観念を無視して読もう」という姿勢でいたことか。
青年の苦悩や、プロレタリア文学を読む気持ちで読むと前半の青年のモラトリアムというか自分でどんどん頭の中で思考を沸騰させ行き詰まっていく感じが(このへんの理屈っぽさは、漱石っぽいっちゃー漱石っぽいな)と思えて面白いし、ポン引きや赤毛布、小坊主のキャラクター描写もふだんの漱石の登場人物(だいたい上流階級で知識階層で上品)とは違って市井の労働者たるやかくあらん、とリアルな感じで面白いし、鉱山についてからはその荒くれどもの低レベルな新人イジリは時代関係なくこういうのはありそうだなとリアルに感じるし、布団が不潔で南京虫だらけなこと、食事が非常に貧しいこと(南京米って書いてあるけど主人公は壁紙みたいだと書いてあるから米ですらないのだろうか)などはまさに「時代だなあ」と面白い。

ウィキペディア「抗夫」から引く。【1908年(明治41年)の元日から、東京の『朝日新聞』に91回にわたって、大阪の『朝日新聞』に96回にわたって、掲載された。『虞美人草』についで、漱石が職業作家として書いた2作目の作品。
比較的わかりやすい恋愛がらみのストーリーで華美な文体の『虞美人草』の次がこれって、読者はさぞやギャップに驚いたのではないだろうか。

また、この話が書かれたいきさつはウィキペディアの「解説」の項にもかいつまんで書かれているが、より詳しくは明治四十一年四月十五日の「文章世界」に載った「『坑夫』の作意と自然派伝奇派の交渉」という文章がこれも青空文庫で読める。
要は、漱石自身の体験でも、漱石が頭で作ったアラスジでもなく、ある若い青年の実体験を青年自身が語った内容から、そのうち坑夫関係のところを抜き出して、それも後から若いころの体験を振り返るという形で分析などが可能な形を取って書かれたのがこの小説ということのようだ。

ちょっと印象的な個所を引く。
そして、三時間ばかり話を聞かせた。
それは新聞に書いたのとちがって、おもに坑夫になるまえの話だったが、わたしはパーソナル・アフェア(個人の事情)は書きたくない。向こうの言ったとおりに書けばよいけれども、小説にするにはどうしても話を変化させなきゃならん。すると、その人がきのどくのありさまになるから、なるべくは書きたくない。

おもに坑夫になるまえの話】というのは『坑夫』でほのめかされている主人公と二人の女性の恋愛関係のごたごただと思うのだけれども、そういうのって小説になりやすいような気がするんだけれどもそのへんへの「ネタ元」の青年への配慮とか、漱石の思いが非常に興味深く、いいなあ、と思う。

最後まで読んで、終盤の展開や全体構成バランスには驚いたなあ(鉱山に着くまでと、鉱山についてからの文章の長さと、いざ坑夫になろうとするそこからのある意味「どんでん返し」――と言っていいのかどうか――から5年がわずか数行でまとめられているこのバランスのちぐはぐさというのか、てっきり坑夫になってからの話がメインだと思っていたので…)。