2017/03/08

戸越銀座でつかまえて

戸越銀座でつかまえて (朝日文庫)
星野博美
朝日新聞出版 (2017-01-06)
売り上げランキング: 269,117
kindle版
■星野博美
1966年2月生まれの星野さんは就職を機に戸越銀座の実家を離れ、中央線沿いで暮らしてきた。ざっくり18年半。
その彼女が2007年の1月末に実家に戻った。
その理由やそこからの1年間をベースに日々の思いを綴ってあるのが本書である。
初出は「週刊朝日」2008年7月から2009年9月だが、
当時、一人暮らしを断念して実家に戻った経緯を素直に認めることができず、その点を回避しながら】だった。だから、連載終了後単行本化の話が出たが、うんと言えなかった。そのあたりの自分の感情に整理がつき、認められるようになって、それを言語化したら、【鉛筆が進み始めた。そして結局、連載時の原稿のおよそ半分は捨て、あらたに書きなおすことにした。敗北を認めるまでに六年以上かかってしまった】。
勿論これを「敗北」とするのが正しいとかそういう話ではない。
星野博美の2013年の思いがそう綴っている、ということだ。

著者はこの葛藤期間に別の著作を2冊、上梓している。2011年『コンニャク屋漂流記』2013年『島へ免許を取りに行く』。そちらも是非読んでおきたい。

本書の単行本「あとがき」の日付は2013年8月9日である。
本書は2017年1月30日に朝日文庫となり、ほぼ同時期にkindle版も出た。
kindle版なのに解説が割愛されていなくてきちんと収録されていて、おまけに解説を書いているのが平松洋子なのでかなり嬉しい。というか、電子書籍版で解説が無ければ今回は紙の本を買おうかと思っていたが、商品説明に収録されているふうに書いてあったので…。有難い。
先日読んだ『転がる香港に苔は生えない』はkindleで7480P、本書は3059Pなので半分以下。
日本の、同時代の日常を描いたエッセイなので、さくさく読める。

実は結構重たい内心をはらんでいる、というのは「まえがき」「あとがき」「文庫のためのあとがき」などを読めば一目瞭然なのだが、本編のエッセイはわりと軽めの調子で書いてあることが多く、まあそのへんは、著者も作家だから、内心の葛藤をそのまんま出したりはしないわけで。むしろ「まえがき」「あとがき」でよくぞここまでぶっちゃけてくれたなと。本書は実は傷だらけのハートからだらだら血を流しながら書かれていた、とかいうとすんごい陳腐な言い回し過ぎてあれなんだが。

いやー……。

読み終えて。
何て感想書いたらいいのか全然わからなくて、しばらく……考えたんだけど。
ネットで他の人の感想ググったら「爆笑した」とか書いてるひとがいて、本当に、驚愕したんだけど。

わたしは本書を買うかどうか迷ってサンプル版が「まえがき」までだったので「まえがき」だけ都合5回くらい読んだんだけど、そこでの悲壮なまでの著者の「己の腸を日本橋の真ん中でさらすような」決意をぎゅうぎゅう感じて、意を決して本篇をよむことにしたせいなのか、本書をそういうふうには読めなかったんだけど、うーん。
まあ、ユーモラスに書いてある、というふうに読めるのも確かにある。
でも本書の大半は「怒り」で出来ていて、後は愛猫さんたちへの「愛」とそれを失ったときの「深い悲しみ」。

星野さんは生まれ月なども考慮するとわたしより約9歳年上なのだが、彼女が戸越銀座に戻った時がちょうど今から10年くらい前だから、現在のわたしと本書中の彼女はほぼ似たような年齢である。そういうこともあって、共感できるところもあったけど、正直あんまり共感できないところも多かった。
「なんでそこまで頑ななの…」「なんでそんなことでそんなに怒りをあらわすの」と驚くことが多かったか。でも、理解は出来なくとも、彼女が絶望的に傷ついて、なお、闘っていることは痛いほど伝わってきた。
だからわたしは本書を眉根を寄せながら、苦しみを忖度しながら読んだ。

どうして星野さんがここまで苦しんだり、本音を隠したりしなくちゃいけないんだ。
いや、客観的に見ると、全然、そういうふうに卑下しなくていいのに、とも同時に思う。
ちょっとガチガチに凝り固まり過ぎではないのかとも思った。
でも、結局のところ、そういうふうに彼女をさせる「世間の目」が「社会」がもっと変わって、柔軟に、いろんな生き方をほっこり認めてくれていたら、こんなエッセイは生まれないはずなのだ。

しかし星野さんは負けてはいなかった。本書を書きながら、【書くことで長いリハビリをしていたような気がする】。
星野さんが戸越銀座に戻ってから、10年。「あとがき」で前向きな言葉にたどり着いていた彼女は「文庫のためのあとがき」でさらに柔らかく、大きな視点で当時を、過去を、そして現在から未来を俯瞰し、最後の最後で肩の力が抜けたユーモアを含んだ、こちらもほっとして微笑みたくなるような文章を綴ってくれている。

目次
まえがき●自由からの逃走
第一章 とまどいだらけの地元暮らし
二つの町/妻妾同居/奥さんと大根/ティッシュは差別する/戸越銀座の時代/人を美しくする仕事/レレレのおばさん/バナナと茶室/目的地は遠い/ウィンナーコーヒー
第二章 私が子どもだった頃
仔猫と旅人/えこひいき/おままごと/ぼくのゆめ わたしのゆめ/本嫌い/夢の地下手/エベレストでアロハシャツ ほか
第三章 あまのじゃくの道
負け猫と負け犬/時間よ 止まれ/行列のできる国/せーらとわるつ/スシ食いねえ/また今度/健康センターの小宇宙/クリスマスの呪縛/食い逃げ ほか
第四章 そこにはいつも、猫がいた
皆既日食/時差/入院/冬の訪れ/窓辺のランプ
第五章 戸越銀座が教えてくれたこと
二〇一一年三月十一日/防災訓練/大切な彼と彼女/やぎさんゆうびん/井戸端会議/ループ会話/空き巣
あとがき
文庫のためのあとがき 敗者の兵法
解説/平松洋子