2017/03/29

異国トーキョー漂流記 【再読】

異国トーキョー漂流記 (集英社文庫)
高野 秀行
集英社
売り上げランキング: 36,280
kindle版
■高野秀行
昨日の「本日の日替わりセール」で上がってきてあまり考えずに「あ、高野さん」と購入して読みはじめて最初の章は気付かなかったけど途中で覚えている内容に遭遇して思い出した。前は10年前だからもちろん紙の本(文庫。本書は文庫書き下ろし)だったし、ついでにいうと表紙の絵もこんなんじゃなかった。ググったら出てきた。


おーこれこれ。これ、あの章に出てくるひとの似顔絵だな。装丁、南伸坊。

高野さんの本を読んでいると高野さんの外国語習得能力の高さにいつも驚いたり感心させられたりする。
だんだんわかってきて、もはや「ああはいはい、高野さんだから出来るそのスピード習得ね。わたしには無理だからね」と脳内で情報修正しながら読んでいる。本書だけでもベースにまず英語があって、フランス語、リンガラ語、スペイン語、と言語を次々に会得していく。それも、高野さんの場合現地で実用する必要があって学ぶので、どれも会話が出来るレベルになっているのが凄い。
本書は高野さんが高校時代のエピソードが「はじめに」で、第1章が大学2年生のとき、第2章が1986年、章ごとに年を重ねて行き、第8章は2000年のことが書かれている。

なんとなく覚えているのもあったけど、忘れていることがほとんどで、読んで思い出す、とかいうのもあった。安定の面白さ。

目次】の横に書かれている年代を書いておく。覚えのためのメモも記す。
はじめに(高校のときのエピソード ~20年余り経った今)
第1章 日本をインド化するフランス人
(高野大学2年生)
・・・「ブトウ」(舞踏)をやって自己表現をしようとするフランス人ダンサー、シルヴィ。
もっと若いのかと思ったら30歳を越えていてびっくりした。 仏語会話をこのひとに習いに行くのだが、そもそもこういう内容の授業が出来る高野さんがすごいというか、このレベルに達するまでが結構しんどいわけで(フランス語で会話して間違ったら直してもらうとか…既にあるレベルになってなきゃ無理)。
帰国した彼女と2年後パリで再会したときのエピソードがしみじみと感じ入る。
【シルヴィはもう「何か」を探してはいなかった。彼女は達人でないことはもちろん、もうすでに「選びし者」でもなくなっていた。その顔は安らかで幸せそうだた。思わず「よかったね」と声をかけたくなるくらいだ。】

第2章 コンゴより愛をこめて
(1986年の夏休み)
リンガラ語を学ぼうと日本にいるコンゴ人(ジェレミー・ドンガラ)にあたったけど教われず、ザイール人(ウィリアム・サイディ。21歳)を探し当てて習う。
明るくて陽気なウィリーも良かったけど、その後ジェレミーと深い縁が出来た展開がすごく素晴らしくて、お兄さんのエマニュエルさん(色っぽいイメージのある名前だけどキャラが全然違う)の小説が思いもよらない福音となる話も面白かったし、結婚式の高野さんのスピーチには感動しちゃった。

第3章 スペイン人は「恋愛の自然消滅」を救えるか!?
(1989年)
マドリード出身の32歳、パロマ。旦那さんのジョンはイギリス人で【顔立ちの整った穏やかな人】で年下らしい。しかも超らぶらぶで仲良し。なにその羨まし過ぎる設定(設定って云うな)。
このときの著者は初めて出来た彼女に愛想を尽かされかかっており(つきあって半年で3か月放置してコンゴに行ってしまっていたというんだから当然だが)、彼女の気持ちを引き留めようとあれこれもがいているのだが、それがことごとく的外れなのが「若さ」って感じ。「生温かい目」で見守ってしまうとはこのことね。ナナちゃんのプロフィール読んだだけで「そりゃ、タカノは合わんだろ」って多分みんな悟ると思うよ…。

第4章 開戦! 異国人バトルロワイヤル
(1996年も押しせまったころ)
第2章に出てきた作家のエマニュエル・ドンガラ氏が来日。高野さんが勝手に翻訳した彼の代表作『世界が生まれた朝に』が小学館から出版されることになったということで。
彼を案内して日本観光。京都と奈良にも行っちゃうよ。珍しく高野さんとソリが合わない人物が登場して興味深い。

第5章 百一人のウエキ系ペルー人
(1994年の春)
父の観光につきあってギリシア旅行に行った著者。帰りの飛行機でスペイン語を話すペルー人の「ウエキ」と名乗るどう見てもインディオの若者とふとした縁で知り合う。
しんみりしてしまう話。

第6章 大連からやってきたドラえもん
(1998年4月)
怪しいシンドバッド』に出てきた魯先生の息子さん、魯達夫が日本にやってきた。ドラえもんとは彼の事である(主に見た目の印象がそうらしい)。
1993年に著者はチェンマイ大学の日本語教師として就職するが、たった1年で退職した。その後いろいろあって、中国の大連で中国語を教わったのが魯先生だった。

第7章 アリー・マイ大富豪
(1998年。著者【30歳をいくばくか過ぎた頃】。)
フセイン独裁下のイラクで生活してみようと思い、アラビア語の会話を習得しようとする。最初に紹介された日本企業に勤めるサイード氏は【エーゲ海に捧げたくなるような甘いマスク】でイタリア人やスペイン人と区別がつかないタイプだったが、忙し過ぎて語学を教える余裕はなかった。彼が紹介してくれたのが2週間前に日本に来たばかりのイラク人、アリー・スマイル。見た目は「おっさん」で頭髪は薄く、眉毛と口髭と頬髯が濃く、腕も足も毛むくじゃらでまるで熊のようだが、29歳の青年だったという。マクドナルドがやたら出てくるのが時代かなあ。

第8章 トーキョー・ドームの熱い夜
(2000年のクリスマス翌日)
つくばで待ち合わせ。相手は5年前アフリカのスーダンからやってきた留学生のマフディ。高野さんの「外国からやってきた視覚障碍者の話が聞きたい」という希望で紹介された。マフディはなんと日本のプロ野球の熱心なファンで、広島カープのファンだった。ラジオで実況を聞き、かなり詳しい。外国人がどうこうというより、目が不自由なひとについて、という色が濃い。

あとがき

2007年に読んだときの感想はこちら

Amazonで検索したらヒットしたよ! ワオ! 中古の超高い本しか売ってないけど、ホントだ、翻訳:高野秀行って書いてある~! すご~い!!

世界が生まれた朝に
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