2017/03/15

島へ免許を取りに行く

島へ免許を取りに行く (集英社文庫)
集英社 (2016-06-03)
売り上げランキング: 39,806
kindle版
■星野博美
お笑いコンビ「バイきんぐ」のネタにこんなのがある。

久しぶりに学校に戻って来た卒業生。校内のあちこちに目をやり、懐かしがっている。
煙草を吸いに出てきた教師に気付き、懐かしげに感動して声を掛けるが、教師の方は至ってクール。「覚えて、ないねえ」と淡々としている。
生徒と教師が久しぶりに会ったら、多くの先生は覚えていてくれて懐かしがってくれるものなのに…と違和感を感じていると、教師がこう言い放つ。
だってここ、自動車学校だからねえ!
ドッカーン、客席から大爆笑が起こる――。

つまりまあ、一般的に、自動車学校の生徒と教師の関係なんて一時的なもので、例えば中学校とか高校のような関係はない、ということが共通認識としてあるからこのコントは成立している。

しかし本書を読み終えたとき、わたしは思った。
星野さんと「ごとう自動車学校」の場合は、卒業後何年か経って星野さんが訪ねて行ったとしても、先生の側も彼女を覚えていて、懐かしがって喜ぶに違いない、と。

それはこの学校で星野さんが普通の合宿免許より取得まで時間がかかって長めに滞在したというだけのことではない。
星野さんと学校の先生の間で、自動車免許を取得するための実際的、事務的なやりとりだけではない「人間関係」が成立していたからである。

本書は星野博美さんが44歳にして初めて自動車学校に通い、第一種運転免許を取得しようと奮闘する日々を書いた、明るいタッチのルポタージュだ。

あまり苦労せずに、スムーズに仮免取得、卒業検定合格となった方にはあまり共感するところは無いかもしれない。
しかしS字カーブやクランクに苦戦し、なぜみんなできてることなのに、自動車の運転とはこんなに怖く、難しいのかと悩んだことがある方にはかなり頷くところ多いのではないだろうか。

わたしは27歳のときに教習所に通いで免許を取ったが、それでも周りはハタチそこそこの学生さんがほとんどなので「世代が違うな」と感じたが、星野さんはもっとだった。でもこのくらい離れていた方がかえって話易いというのもあるのか、あと何よりキャラクターも違うし、「合宿免許」で学校の宿舎に泊まり込んでいることもあり、学校の職員さんや生徒さんたちと結構交流している。この自動車学校では馬や犬や猫などを飼っていて、厩舎があるのでそこで世話をするひとと仲良くなったり。
東京や街中の教習所と違って、島で自然と動物に囲まれた場所で、通ってくる生徒たちはほぼ地元の子らで、という環境。会話の中で自然に島の女の子がみんな結婚が早くて若いお母さんが多いとかもわかってくる。島なので物価が高いとか、釣りが趣味が多いとか、新鮮な魚介が当たり前だとか…。
都会から離れた島での暮らし、といえば先日読んだ内澤旬子『漂うままに島に着き』だが、まああそこまでガッツリではないが、そういう雰囲気が好きだったら本書も面白く読めるのではないだろうか。

星野さんの運転は上手くはないらしいが、かなり慎重で、速度もルールもきっちり守った運転だそうだ。駐車と車庫入れが苦手というのがおおいに共感。地図が読めるというのは強いよなあと思う。道を覚えるのも得意そうだし。

五島自動車学校のホームページに行ってみたら、ちゃっかり星野さんの本書が紹介されていたので笑ってしまった。
やーでも、いい学校。校長先生は、お元気なのかしら。

時期的に『戸越銀座とつかまえて』執筆~推敲・修正~出版までの期間とかぶる、のでこの2冊の年号が書いてある記述を元にちょっと整理してみた。
ネタバレ?しているので『島へ免許をとりに行く』未読の方で白紙で読みたい方はスルーしてください。

2004年9月 愛猫「しろ」を亡くす。
2005年春 実家で飼っていた猫「たま」を亡くす。
2006年暮れ 実家へ帰る決心をつけ大家さんに報告する。
2007年1月 愛猫「ゆき」を連れて実家に戻る。
2008年7月~2009年9月 「週刊朝日」で「戸越銀座でつかまえて」を連載する。
2010年初頭【ここ二、三年で築いた人間関係がズタズタに壊れた】【愛猫、ゆきを亡くした】→自動車免許を取ろうと決意。
2010年4月20日福岡着。21日「ごとう自動車学校」入学。
2010年5月18日 卒業検定。
2010年5月25日 東京の鮫洲運転免許試験場で筆記試験を受け、免許取得。
2011年5月号~2012年3月号まで「すばる」に「島で免許を取る」を隔月連載。

2012年9月『島へ免許を取りに行く』単行本刊。
2013年9月『戸越銀座でつかまえて』単行本刊行。