2017/02/12

日時計

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シャーリイ・ジャクスン
文遊社
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■シャーリイ・ジャクスン 翻訳:渡辺庸子
本書はシャーリイ・ジャクスンの長篇第4作目、1958年に発表された"The Sundial"の全訳(2016年1月5日刊)である。
邦訳はこれが初めてで、2015年が著者の没後50年の節目にあたることなどから、刊行されたらしい(「訳者あとがき」より)。出た当時に買いそびれてそこらの書店では見つけられず、Amazonでポチった。

読み終えての感想は「長かったなー」ということで、ページ数でいうと330ページくらいの話で段組みもされていないので大した量ではないのだが、登場人物が嫌な人間ばっかりなもんであんまり読んでいて楽しくないというのが大きな理由かな。話がほぼ屋敷の中だけで展開する設定は好きだし、群像劇も好きなんだけど。

最初の方を何十ページか読んで、幼い少女ですら可愛げなく描かれていたのでうーんと思って先に「訳者あとがき」を読んだら【この物語には友達になりたいと思える人物がひとりも出てきません。】と書いてあったので「やっぱりそうかー」と。でも同時に、【この『日時計』に、この後に続く二作品の原点ともいうべき要素が描かれている】とも書かれていたので、「それは良いなあ」と思って腰を据えて続きを読んだのであった。家に置いて、ぼちぼち少しずつ読んだので日数がかかってしまったが。でもこういう話はストーリーがあるようで無いので、描写を楽しむタイプの話だからそういう読み方が合っていたと思う。

どういう話かざっくり云うと、ある屋敷に住んでいる一族がいて、その中のひとりが亡き父からお告げを聞いたと主張する、その内容が世界がもうすぐ終わるけど、この屋敷の中にいる限り安全だし生き残れる、というもので。

その予言の聞き方とかも読んでいたらなんだか妄想なんだか悪夢なんだか気が狂ってるんだかって感じに書かれているんだけど何故かお話のなかのみなさんはあっさり彼女の云う事を信じて真面目に対策とか練り始める。中には若いのもいて半信半疑で町に出ようとかするのもいるんだけど、結局なんのかんので屋敷に戻ってきたり留まったりする。

ノアの方舟、という言葉は直截には出てこないけどそれを踏まえた形で繁殖力のある若い男を町から連れてきたりして、そもそも屋敷には女主人をはじめとして圧倒的に女性率が高いんだけど、「まー随分露骨ねえ」って感じ。でもそれならもうちょっとまともなのをあと数名は選んでもいいような気がしないでもない。「女の人」を描くのが得意な作家さんならでは、の舞台装置なんだろうけど。
とりあえずみんな自己中心的で我儘で高慢で嘘つきで……ロクな人間がいないんだなあ。

確かに読んでいくと「おおっ、このエピソードは確かに『ずっとお城で暮らしてる』の原型っぽい!」という話があったり(こっちのは随分乱暴というかなるほど原石のままだなーって感じだけど、ジャクスンが見ていた方向が分かりやすいという特典がある)、いかにもシャーリイ・ジャクスンらしい妖しくて不確定な、でもどこかミステリアスな面白さがあったりして、何故か途中で放り出す気にはなれない。最後がやっぱりどうなるのか気になったしね。超自然的な感じとか、鏡で未来が見えるのだとか、そういうのがごく自然に日常の中に溶け込んでいる。

最後のところは「えっ、ここで終わるの」と思ったけどこの小説が書きたかったことは「以前」のことであって「その時」や「以後」じゃないってことかと納得。本書の肝は最後のオチのためにある小説ではなくて、その手前の、手前勝手な人間どもが織りなす群像劇のぐるんぐるんにあったってことだ。長い話に倦んで、最後まで読む気にならずにすっ飛ばして最後のほうだけ読んでも「なんのこっちゃ?」ってなると思う。

とりあえずなんにも事件が起きないままではなくて、一番のいらいらの原因がああなってくれたことで多少のストレスは解消されたかもしれない(ああ性格が悪くなっている)。最初と最後で呼応させているのかな。因果応報?

本書はシャーリイ・ジャクスンファンにはお薦めするが、最初に読むならメジャーな作品からの方が取っつき易いとは思う。

シャーリイ・ジャクスン感想