2017/01/28

アヘン王国潜入記

【カラー版】アヘン王国潜入記 (集英社文庫)
集英社 (2014-06-05)
売り上げランキング: 559
kindle版
■高野秀行
1月19日のkindle日替わりセールで購入。
高野さんの本はよく日替わりセールで取り上げられており、安く読めて有難いけどこんなんで氏の印税は大丈夫なのかとちょっと心配になる。
本書は1998年10月草思社刊『ビルマ・アヘン王国潜入記』が2007年3月『アヘン王国潜入記』に改題されて集英社文庫となったものの電子書籍版である。解説は割愛されている。【カラー版】となっているがkindleはモノクロ表示しかされないのでまったく意味がなかった。

高野さんは単身、1995年10月から翌年5月にかけて約7か月のあいだ中国との国境地帯にあるビルマの反政府ゲリラ・ワ州連合軍の支配区に滞在した。そこは当時、世界最大の「麻薬地帯」「ゴールデン・トライアングル」と呼ばれるところだった。
もちろん正規に日本人として、はそんなことは許されないので、【前日に金を払って作ってもらった真新しい通行許可証】で【ビルマ国籍の者で、「中国領での所用を終えてビルマ側へ戻るところ】というふうに成りすまして中国・雲南省から入国したわけである。

何故そんなややこしいところに行って、しかも半年以上も滞在したのか。それは「プロローグ」に詳しく書いてあるが、ざっくりまとめてみると、
①探検好きの著者は「未知の土地」への限りない憧れがあるのだけれど、地球上のあらかたの「秘境」は探検つくされてしまっていて、今や「秘境」なんて本当にヤバイところぐらいしか残っていない。
②いろいろ調べていくうちにジャーナリストの多くの捉え方とは違うアプローチで「ゴールデン・トライアングル」を理解したい、【村に滞在し、村人と一緒にケシを栽培し、アヘンを収穫してみよう、そのうちにそこに住む人びとの暮らしぶりや考えていることが自然にわかるにちがいない】と考えるにいたった。
――というところらしい。

文庫版あとがき」にこうある。
作家であれ、ライターであれ、ジャーナリストであれ、およそ物書きであるなら誰にでもその人の「背骨」と呼ぶべき仕事があると思う。
とにかく、「自分はあれを書いたのだ」と心の支えになるような仕事だ。
私の場合、それが本書である。
「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それをおもしろく書く」というのが最初の本を出して以来、約二十年変わらない私のスタンスであるが、そのスタンスを最もハードに貫いたのがこの本だ。

さすが「背骨」で、いままで高野さんの他の著作を読んでいてもこのときの経験にちょこちょこ触れられていたりして、いちばん最近読んだのでは『ミャンマーの柳生一族』であったが、気になっていた本だった。でも同時に、「アヘンを作っている人たち」にあんまり興味がわかなかったので、読まないままだった。
本書を読んで、「アヘンを作っている人たち」に対して持っていたイメージが誤りであったことがわかった。
「アヘン」は日本で非合法なので、例えば日本でアヘンを作っていたらそれは犯罪者である。
いや、日本どころか、世界中のほとんどの場所でそれは適用される事実だ。
ところが(今は違うらしいが)当時のワ州ではそういう常識は通用していなかったというか、とりあえずワ州の村の人たちは「農業」をやっていて、その作物がその土地に適した「アヘン」である、ということなのだ。
そのへんの事情はワ州が反政府の立場だったことも大きく関係している。
反政府ゲリラというから常に武器をもって戦闘状態にあるのかと思ったら村の中はそういう出来事はいっさい無くて、戦争は別の場所でやっていてそこに兵隊として取られていく(だから村の中には男性が少ない)。
悪いのは「作っている人」じゃなくてそれを「売っている人」「権力を持っている政治関係の人」らしいのだが、本書に出てくるレベルのそういう人たちもあんまり悪い人っぽくない。裏でいろいろあるようだけど。
ややこしい問題なので誤謬なく短くまとめる自信がないので関心がおありの向きはどうぞ本書を読んでいただきたく。

びっくりしたのは著者がアヘンを作る農作業を手伝うだけじゃなくて最終的にアヘンを摂取してアヘン中毒になっちゃったりしていたことだ。ミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。何故、アヘンに手を出すか!「あかんやろ!」と全力でツッコんだが、なんだか文中では大した抵抗感も無く、実にあっさりとしていて、そしてよくあることだが「自分は中毒になっていない」と思ったときには傍からみたらもうずぶずぶ状態だという…。
村の人たちがそれをきちんと窘めているんだけど、それに対して嘘ついたりしてて、全然ダメ。
どうも、ワ州というところが外部世界と断絶していて、それが冷静な判断を麻痺させたということらしい。
そのへんのことが「エピローグ」にあり、非常に興味深く読んだ。
人間の善悪の価値観なんて、たかだか半年やそこらで簡単に狂ってしまうものなのか――!?
ここ何カ月もケシとアヘンばかりいじくっていた私としては、アヘンを作って喜ばれることはあっても、叱られるなどということは、まったく頭のなかになかったのだ。しかし、よくよく考えてみれば、彼の言うとおりである。ワ州以外では、アヘンは≪麻薬≫なのだ。】 

テレビもラジオもなく、識字率もほぼ無いに等しく、自動車どころか自転車も出てこない。電気もない。村の外から人がやってくることもほとんど無く、日々の生活は村と集落の中で完結している。そういう場所に生まれた人はそれが当たり前だと思って生きている。「白人」は「白人国」に住んでいて「白人語」を喋っているのだと信じている。アメリカもフランスも知らない。もちろん日本なんて聞いたことも無い。
高野さんが滞在した村は、そういう村だ。
アヘン云々も特殊だが、この閉鎖っぷりもかなり特殊だ。

現代のロビンソン・クルーソー、…まあ、村人たちがいるので違うけど…浦島太郎に近いものがあるんでは。うっかり持って出てしまった「アヘンのカケラ」はさしずめ「乙姫の玉手箱」というところか。
高野さんが村を出たか出ないかくらいのときに情勢が大きく変わり、ワ州との縁は切れ、ワ軍は政府側にべったりの関係になってしまったそうである。
文庫版あとがきには【日本の援助関係者の話では、「ワ州にはもうケシ畑はない」という。】【あの、見渡す限りのケシ畑が今はもうないという。】とある。
あの村人たちはどうなったんだろうか。