2017/01/22

一汁一菜でよいという提案

一汁一菜でよいという提案
土井 善晴
グラフィック社
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■土井善晴
先週最初の方を読んで、全体のカラー写真をざーっと見つつ拾い読みしてみて、「ああこれは腰を据えて読まなきゃダメな本だ」とわかったので1週間置いてあった。
読む前からタイトルで、一汁一菜でええですやん、という、つまりはそんなにおかずを凝ってたくさん毎回作る必要はないんとちゃいます? という柔らかいサジェスチョンの本を想定していたのが、実際ひらいてみたらまあ要約はそういうことなんだろうけど、それに説得力を持たせるためにものすごく丁寧に土台を作り、石垣を築き、堀を掘って庭園に立派な松まで植えてある……といった感じの本だということに気付いたわけである。
これはちゃんと読み込まないと無礼じゃないの? というわけで。

昨日アタマからもう一度しっかり読んだ。
本書では土井先生のあたたかい優しい眼差しとお気遣いを感じて、本書は毎日の料理と仕事や家事に手いっぱいになっていてしんどそうなひとたちを勇気づけようという気持ちから書かれたんだな、ということをひしひしと感じる。
この本は、お料理を作るのがたいへんと感じている人に読んで欲しいのです。
と一番最初に書かれている。

「一汁三菜」という言葉はあるけれど、「一汁一菜」というのはワープロ変換でも一回で出てこない。
でもこの本は別に「質素倹約」を謳った本では無い。
読む前に、一汁一菜って「汁物と、おかず一品ってこと? まあ、定食って感じか」と思ったんだけどさらにハードルは低かった。なんと
「ご飯、味噌汁、漬物」】で良いというのだ。

「それでいいの?」とおそらく皆さんは疑われるでしょうが、それでいいのです。私たちは、ずっとこうした食事をしてきたのです。
つまり本書は「それでいいんだ」と理解してもらうために書かれた本。
だからものすごく根本的なこと、日本人の食の歴史や考え方、生活のありかたみたいなことまでずっと深く、ふだんから土井先生が考えて信じてこられたことを書いてある、んだと思う。

一汁一菜の提案はシバリでは断じてない。
その逆。
でも「おかずなんて適当に一菜でいい」というようなサボり指南とも違う。

作る余裕も時間もないのに、できっこないのに、おかずまで作る必要はないということです。

一汁一菜だからといって、ご馳走を食べないと決めるわけではありません。いろいろな日があるわけで、それでよいのです。

なんだか先生に頭を撫でてもらえたような。
すごく有難い気持ちに何度もなった。
わたしたちはついつい、一汁三菜、いろんなおかずを作らなくちゃ、見栄えもよくしなくちゃ、というその義務感みたいのがあったりするけど、おかずってそんなに毎回、無理して作らないとだめなものなのか。
誰のために何のために作っているのか。
そこに「見栄」は無いのか。
栄養とバランスって一汁一菜でも充分取れる、と。
量が足りなければおかわりすればいい。
別に洋食もありだし、麺類もありだ。サンマが美味しそうで作る余裕があれば出そう。
肩の力が、変な風に入っているのを、すっと一回楽にしてくれる。
そもそも「食事」ってなんだろう、というものすごい根本的なところを、例えば「食べるひと」と「作るひと」の関係やなんかをずっと考えていく。

親が子どもに食事をさせること、その意味。
季節ごとに旬のものを食べる、味わう、身体で覚えること。
毎日の味付けの微妙な違い。
お茶碗やお椀、食卓まわりのこと。
買い物に行って、作り、食べて、後片付けをすること、その繰り返し。
あたりまえのことだけど、何気なくしていることだけど、それが「日本人の暮らし」であるということ…。
原点回帰、そういうことか。

前著にも書かれていたけど、大事だなと思う考え方。
「おいしいもの」を食べたい。と思うと同時に、わたしたちは「身体に良いものを食べて健康でいたい」とも考えている。
毎日の家族の食事をあずかるということは、家族の体を任されているということもである。
私たちがものを食べる理由は、おいしいばかりが目的ではないことがわかります。メディアでは「おいしい」「オイシイ!!」と盛んに言われていますが、繰り返し聞かされている「おいしいもの」は、実は食べなくてもよいものも多いことがわかります。メディアから発信される刺激的で新しいものには、よくわからないものもあります。そうした流行りはすぐに廃れ、次々変化していきます。情報的なおいしさと、普遍的なおいしさは区別するべきものです。全く別物であると理解して、食を選ぶのです。

思ったよりもずっと「理論」の本で、料理のエッセイ……いやこれは評論? 
「大人の男の人が書かはった本やなあ」というふうに、ちょっと感じてしまった、まあ、男女どうこう云うのは時代遅れなんだけど。

いま自分自身の献立を考える基本が「お弁当づくり」にあるので、ごはんと具沢山のお味噌汁じゃお弁当に出来ない……まあ、スープジャーという手はあるか、いやまあこの本が言いたいのはそういうことじゃないか、基本はなにかってことだよな、そもそも何故お弁当を作っているのか? とかまあいろいろ自分の生活と食事のことについて考えるきっかけとなる本でもある。
大事にしたい本。
装丁(佐藤卓さん)もシンプルな中に味があって、帯のお味噌汁の色とか、良いなあ。
題字と本文写真は著者自身のもの、鉛筆で書かれたのが題字になったとかって、面白い。

【目次】
一章 今、なぜ一汁一菜か
食は日常/食べ飽きないもの
二章 暮らしの寸法
自分の身体を信じる/簡単なことを丁寧に/贅と慎ましさのバランス/慎ましい暮らしは大事の備え
三章 毎日の食事
料理することの意味/台所が作る安心/良く食べることは、良く生きること
四章 作る人と食べる人
プロの料理と家庭料理 考/家庭料理はおいしくなくてもいい/作る人と食べる人の関係「レストラン(外食)」/作る人と食べる人の関係「家庭料理」/基準を持つこと
五章 おいしさの原点
和食の感性 考えるよりも、感じること/縄文人の料理/清潔であること
六章 和食を初期化する
心を育てる時間/日本人の美意識/食の変化/何を食べるべきか、何が食べられるか、何を食べたいか/和食の型を取り戻す
七章 一汁一菜からはじまる楽しみ
毎日の楽しみ/お茶碗を選ぶ楽しみ、使う楽しみ/気づいてもらう楽しみ、察する楽しみ/お膳を使う楽しみ/お酒の楽しみ、おかずの楽しみ、季節(旬)を楽しむ/日本の食文化を楽しむ、美の楽しみ
きれいに食べる日本人―結びに代えて

[一汁一菜の実践]
食事の型「一汁一菜」
・日本人の主食・ご飯
・具だくさんの味噌汁
一汁一菜の応用
一汁一菜はスタイルである

※本書にはレシピは載っていません。