2017/01/19

マイナス・ゼロ

マイナス・ゼロ(広瀬正小説全集1) (集英社文庫)
集英社 (2016-11-04)
売り上げランキング: 10
kindle版
■広瀬正
1月17日の日替わりセールで購入。ちょっと気になっていた作品だったので嬉しい。
この作品は、ウィキペディアによれば1965年(昭和40年)「宇宙塵」に処女長編として連載されたが、【1970年(昭和45年)10月15日に河出書房新社から刊行されるまで単行本化されることがなかった。この単行本化までにかかった時間は、後に「空白の5年間」と呼ばれる。】とある。
著者は1924年(大正13年)生まれなので、41歳のときに書いた話ということになる。

タイムトラベルもの。
タイムマシンが使われて、タイム・パラドックスなどが扱われるのでSFだが、昭和38年、昭和7年の東京の様子が日常的な生活レベルでかなり詳しく描かれているので、その時代の資料としてもかなり貴重な小説だと思う。物価など、かなり細かいところまで書いてあるので「これは当時の資料が見つかって嬉しくて写したのかなあ」とか思った。よく調べてあるという感じ。巻末に「参考文献一覧」が欲しい。
ふつうはそんな話の筋に関係の無い細かいことまで書く必要はないのだが当時はこれを懐かしいと噛みしめて読まれる読者が少なくなかったのだろうし、今となっては近代史的な興味がひきつけられる。
昭和の日常の小説というと戦争のときの悲惨さを克明に描いた小説はいくつも読んでつらいのでもういいという感じだが、これは平和な時代が主だったので(昭和20年の描写は少ない)、安心して読めた。しかも出てくるひとがみんな驚嘆するくらい良い人ばっかりだったし。一瞬、「昔はみんなのんびりしていたから善良だったのかな、そういう時代だったのかも」と騙されかけたけど、いやいやいやいや、違うよね。明治の夏目漱石の小説読んでたって性格に問題があるのは出てくるからね。この小説のスタンスがそうなだけ、だろう。しかし読んでいて気持ちが清々しいので騙されていたい。

例えば、昭和7年についたばかりの主人公が煙草屋のおかみさんから情報をさぐりつつ煙草を買うシーン。つまりふたりは初対面で、顔見知りでも馴染みの客でもない。なのに今持ち合わせがないと焦る主人公におかみさんは今度ついでのときでいいと愛想よく言うのだ。
この家は都会(銀座とか)ではなく田舎(昭和7年10月に大東京市に編入された当時の世田谷市は「田舎」だったらしい。)だからというのもあるようだが。

とりあえず「昔のSFで、星新一とかと同世代なのに評価にこれだけ違いがあるっていうことは…」と全然期待せずに読んだので、読みはじめてしばらくして面白いなあと思えることに驚いた。
古臭さもほとんど感じられない。言葉遣いで「昭和のむかしの年配のひとの話し方だなあ」というのはあったけど。
「どうなるんだろう」「どういうことだろう」というミステリーがあるので引き込まれるし展開を知りたくなるからやめられない。
SFの肝「センス・オブ・ワンダー」があるのだ。
そして終盤にはちゃんと謎解きが! ぱたぱたぱたっとパズルが組み上がっていく、ああそういうことか! なんとなく頭の中でもやもやと渦巻いていたギワクが収まっていく。
まあ、全部明らかになるわけでもないんだけど…お話としてはこれくらいで綺麗にまとまっているような。
例えばタイムマシーンはどこからきたのかとか、最初に乗ってきたあのひとはどこからきたんだとかわからないままだけどそこを詳しくやりだすと違う話になってくるんでしょうしね。

あんまり書くとネタバレになるからちょっと自分の頭の中を整理する程度にメモってみる。
注意★未読の方は以下スルー推奨!

目次に合わせて【 】内に舞台となっている年を入れてみる。主人公の年齢も入れてみる。

プラス・ゼロ    【昭和20年】主人公13歳。
(根拠:電子書籍№2153「俊夫は昭和七年二月生まれなのである」)
プラス18           【昭和38年】主人公31歳。
 (根拠:電子書籍位置№360「三十一歳になった俊夫の下した解釈だった。」)
マイナス31     【昭和7年】 主人公31歳(=タイムマシン使用後)
ゼロ              昭和23年】主人公47歳
(根拠:電子書籍№4358「浜田俊夫として年齢を計算すると四十八歳になるわけだが」←ここでの年齢計算はその直前の会話から「かぞえ」で話している。)
マイナス・ゼロ   【昭和38年】主人公62歳

ここで「主人公」というのはおんなじ人間である。
昭和38年に31歳だったひとが何故昭和7年に31歳なのかというとタイムマシンを使ったからである。つまり俊夫は昭和7年から昭和38年を2回生きたということになる。よくある「人生やり直し」と違うのは、年齢が戻っていないという点。
びっくりしたのはネタバレなので白文字にするけど、主人公は「戻らないんだね。
この話においては「同じ空間に同一人物は存在できない」というルールは適用されていないため、例えば昭和7年にはタイムマシンでやってきた主人公Aと生まれたばかりの主人公(A’)が同時に存在している(AはA’の泣き声を聞いたりあやされている姿を目にしている)。

最後まで読んで、途中でもしばしば感じたことだが、ちょっと男性優位主義というか、男性のご都合主義なストーリー展開や思考回路がまま見えるので、正直不愉快なところもあった。31歳のおじさんが18歳の可憐な美少女と深い仲になるのだって純情恋愛っぽく書いてあるけどその前に酒を飲ませて酔わせているでしょう。で、その後いくら時代が違っても簡単にレイちゃんを囲ってしまうし。そのわりにレイちゃんはあくまでも「わたしは2号」的なことを言うのを美談っぽく書いてあるのも不愉快。男が悪いんでしょーがっ。
「オールドミス」という単語や独身の女性を馬鹿にしたような表現も何回か出てくる。昭和40年に書かれた話だからしょうがないのかなあ。
特に、ヒロインが主人公のちょっとした冒険心というか好奇心のせいでその後どれだけ苦労したか、詳しくは書かれていないけどちょっと想像しただけでじわじわと不条理感が……まあ当人たちがしあわせそうなので外野がどうこう言うことじゃないんだけど。
主人公はちっと反省したほうがいいんじゃないのかなあー。