2016/11/05

レモン畑の吸血鬼


レモン畑の吸血鬼
レモン畑の吸血鬼
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カレン・ラッセル
河出書房新社
売り上げランキング: 175,749
■カレン・ラッセル 翻訳:松田青子
松田さんの小説とエッセイを読み、以前からタイトルと素敵な表紙に興味は持っていたけどどうなのかな~と眺めていた『レモン畑の吸血鬼』がこの松田さんの翻訳だと認識し、俄然読みたくなって購入。カバーしていても素敵だし、カバーを外しても素敵……装丁は、やはりそうでしたかの名久井さん。

現代アメリカ小説で前衛的なのは時に難解というか、読み手が試されているような感じの作品があったりするが、カレン・ラッセルは予想したよりもずっとわかりやすかった。そして設定が変わっていて、「レモン畑の吸血鬼」なんていうから可愛らしい感じなのかと思わせておいてズダーンと急展開を持ってきたりとか、作品によっていろんな違う空気と世界観を創り出していて、わくわくするというかセンスオブワンダーというか、「次の話はどうくるのかな」という楽しみがあった。

カレン・ラッセルは1981年フロリダ州マイアミ生まれ。松田さんは1979年生まれ。原著者と翻訳者が同世代だというのも、良いんだろうな。

注意! 以下、ストーリー展開や内容に触れながら感想などのコメントを書きます。
本書を未読の方はスルー推奨。
別に展開を知ったからといって価値が無くなるとは思わないけれど、知らないで読んだ方が断然面白いしどきどきわくわく出来ると思うので。

【目次】
レモン畑の吸血鬼
イタリアのナポリ、ソレントのレモン畑に小ざっぱりした服装の日焼けしたノンノ(じいさん)が座っている。彼は吸血鬼である。『ポーの一族』は薔薇を育てて生きていたけれど、彼とその妻はいろいろ試した結果、レモンが一番だという結論に達した。
青年期をセオリー通りに暮らしてきたの吸血鬼が妻と出会い、
で、血に何の効果もないことにいつ気がついたの?
と訊かれるところとか、めちゃくちゃ面白い。
明るい陽光の中の、ほのぼのしたシーンから、意外な吸血鬼像ときて、さて、と思って読んでいたら吸血鬼夫婦の熟年破局ときて、そこからなんでかわからないけどいかにも昔ながらのホラーチックな吸血鬼物的展開になっていくのが……。
変な話だなあ。前半の空気が好きだった。

お国のための糸繰り
なんと舞台は明治時代の日本。製糸工場の女工もの。
でもただの女工物じゃなくてなんとここに連れてこられるときに飲まされたものによって彼女たちは……。
主人公が飲むところはぞわぞわっ。なんてものを飲むの!信じられん!
彼女たちの映像をリアルに想像することを脳が拒否する、かなりグロテスクな絵づらだなあ。でも布とかは綺麗なんだよな……最初からそれぞれの色が付いてるとか……すごいこと発想するなあとびっくりしながら読んだ。
映画化絶対しないでね。

一九七九年、カモメ軍団、ストロング・ビーチを襲う
なんかこれは男性がよく書く現代アメリカ小説っぽいな。
少年の、片思いの相手が自分の兄と付き合って悶々とするのとか。
カモメたちがいろんなものを取ってきて集めている巣を見つけてその中身を出してきて取る言動とかが理解しにくいんだけど、でもなんとなくそうしなければいけないような気がするのもわかるというか。指輪のくだりはちょっと意外だったなあ。やられっぱなしじゃないんだー。でも随分なビッチだなあ。

証明
西部開拓時代みたいな。
この地では監査官によって「証明」してもらわないと自分の土地に出来ない。んでそこで重要な役割を持つのが何故か「ガラス製の窓」だというね。「ガラス製の窓」は貴重でどこの家でも持てるものじゃないからこっそりみんなで共有して監査官が来る時だけ嵌め込んでしのぐんだとか。で、主人公の少年は父親に重要な任務を任されるんだけど……。展開はセオリー。お母さんが止めるのとか。少年が早く大人として認められたがるとか。わかりやすい心理描写と、ちょっと次元の歪んだ状況・設定描写のズレが面白い。
悪夢的というのか、ちょっとカフカっぽいかなあ。

任期終わりの廏
この話ではなぜか歴代のアメリカ大統領たちが馬に転生している。でも全員じゃないし、転生の順番もばらばら。それについての説明もいっさい無し。
みんな、ある家の厩に連れてこられて飼われている。厩の中の半数は生粋の馬。敷地から抜け出そうと試みる馬もいた。そして成功したのは1頭だけ。
アメリカ大統領についての関心があんまりないからここにいる大統領たちにどういう意味があるのかとかよくわからないけど、抜け出した後に蹄の跡が無いっていうのが怖い。なんなんだろうなー。

ダグバート・シャックルトンの南極観戦注意事項
南極で毎年開催されている「食物連鎖対戦」(なんじゃそりゃ)。対戦するのはクジラ対オキアミ……って食物連鎖的に勝敗ハナから決まってますケド!? というツッコミがなされる余地は一切ない。
観戦における、オキアミチームメンバー注意事項。
途中から、書き手の関心はむしろ別れた妻なんだなーということがわかってくる話でもある。
それにしても南極にクジラ対オキアミの試合を観に行くとか、凄い設定を思いつくなあ。

帰還兵
昔、小説に書かれる帰還兵といえばベトナム帰りと決まっていたが昨今はイラクなんだね。
主人公はベテランの女性マッサージ師。
軍曹だったまだ若い彼の背中には、戦友を亡くしたときの「記念」としてタトゥーが彫られていた。
刺青が現実にあった「絵」になっていて、その背中をマッサージしていくと起こる奇妙で不思議な現象と青年に起こる変化が面白い。
なんかちょっと心理カウンセラー的な役割をマッサージ師が担っているのとかも。ちょっと魔法の世界というか夢判断というのか、理屈で説明できないけど感情的感覚的には「ありそう」「あるかも」「あったら面白いな」的な。ハッピーエンドの方向に行くのかと思いきや途中から変化していくのも一筋縄じゃなくて良し。危うさは見せかけて、安直な恋愛に落とし込まないのも良し。

エリック・ミューティスの墓なし人形
悪ガキ4人組が自分たちのシマで案山子を見つける。
ほのぼのした話かと思いきやかなり重たいテーマを背負っていて、読んでいてどんどん気が滅入っていった。でもリアルだなあ。すごい説得力がある。主人公のちょっと昔の感情も、現在の奇妙な非科学的な恐怖心も。思いついたことから逃れられなくなっていって、冷静に見たら「なんで?」ってことなんだけど、でも主人公にはそうとしか思えないし、実際にこの話の中の「実際」はそれに沿う展開をする。例によって合理的な説明も解説も何もないままなんだけど。
いろんな意味で救いが無い。最後のほうの展開はせめてもの気休め、くらいにしか思えないしなあ…。
この話はしかしすべての十代に読んでもらいたい気はする。この感情を、自分の中で再確認してもらうために。