2016/07/05

「昭和」という国家

「昭和」という国家
「昭和」という国家
posted with amazlet at 16.07.05
NHK出版 (2016-03-01)
売り上げランキング: 975
kindle版
■司馬遼太郎
先日『「明治」という国家』を面白く読んで、本書の存在にも気付いて続篇なら読んでおくべきかと思ったが「昭和かあ…第二次世界大戦とかだよなあ…重いなあ、暗いなあ」と手が伸びなかった。6/20のkindle日替わりセールで¥599だったので「良い機会だ」と購入。
先に巻末の田中彰というひとの【感想「雑談『昭和』への道」のことなど】によれば本書は活字媒体の企画ではなくNHK教育テレビで1986(昭和61)年に5月から翌年2月にわたって12回放送されたもの、を活字に起こしたものらしい。【氏が生前には活字化することをためらい、出版することにOKを出さなかった講演や映像のなかでの語りすらも、いまはつぎつぎに活字化されているのである。本書もそのひとつ】とある。『「明治」という国家』の元になったやはりNHKで放映された「太郎の国の物語」は1989年だから、「昭和」のほうが先だったんだなあ。この解説(?)は「2」以降は司馬先生の文章を切り張りして主張を進めていくスタイルの文章になったので(それは本文を読めばいいや」とそこでやめて栗田博行というひとの【司馬遼太郎・「雑談『昭和』への道」制作余話 あとがきにかえて】を読んでみたらかなり興味深かったので熟読した。NHK大阪放送局の企画で教育テレビに年間を通して何らかの出演を、という話があって、テーマがなかなか決まらなくて、そんななかで「昭和」というテーマをひとり語りでというアイデアを打診したところ、OKが出たということだった。収録は【主題が連続する三回分をワンセット】とし、年4回。司馬先生は収録のときメモも文献も何も持たず、手ぶらだったらしい。これは後で本編を読んで驚愕というかほとんど畏怖の念を禁じ得ないというか……全部頭の中にあって、ずっと考え続けていらっしゃるからこそ、だろうなあと。

重くて暗いテーマなんで読んでみてもすぐ挫折するかもと思っていたのだがあにはからんや、これが面白くて面白くて。心にすーっと入ってくる。小学校の時から学校で習ったり、いろんな児童書や小説で読んできて、「なぜだろう」「なんで日本はなんであんな悲惨な戦争をしたんやろう」ってたぶん心の中にずっとあった疑問に、快刀乱麻、ではなくて、もっとじわじわと、ゆっくりと、水が浸みていく感じで、読んでいく。【感想】によればこの番組収録においては、司馬先生が【しぼり出すようにして発言】したり【苦渋にみち、言葉を発するのにためらうシーンがいくつも】あったという。【話の運び方は、必ずしもすんなりしたものではなかった。その意味で本書は、放送記録を構成したものであるが、読者の方がたには、司馬さんの紡ぎだす言葉をかみしめつつ読んでいただきたいと思う。】とある。

目次
第一章 何が魔法をかけたのか
第二章 “脱亜論”私の読みかた
第三章 帝国主義とソロバン勘定
第四章 近代国家と“圧搾空気”…教育勅語
第五章 明治政府のつらさ …軍人勅諭
第六章 ひとり歩きすることば …軍隊用語
第七章 技術崇拝社会を曲げたもの
第八章 秀才信仰と骨董兵器
第九章 買い続けた西欧近代
第十章 青写真に落ちた影
第十一章 江戸日本の多様さ
第十二章 自己解剖の勇気
付録一 日本語について
付録二 兵器のリアリズム

「昭和」というと64年1月7日まであったわけだが、まあだいたいの予想通り本書で書かれている「昭和」というのはノモンハン事件くらいから太平洋戦争が終わるくらいまでのことである。比較とか、歴史の流れとか、そういうので江戸・明治についても結構語られる。大正は忘れられたのかというくらい出てこない。
夏目漱石のことに言及する部分がけっこうあって、予想外だったので嬉しく、興味深く読んだ。

よく「学校の日本史や歴史の授業では縄文時代とかに時間がかかって昭和まで年度内にたどりつかない」とか言われて久しいけど、自分が学校の「社会」や「日本史」の授業で昭和のこのへんをどのくらい習ったかあまり覚えていないが、小学校時代から夏になれば「戦争」についての道徳やその他の時間での学習は必ずあったし、学級文庫や図書室で戦争の悲惨さを扱った本は何冊も読んだ。そういうのをあわせて、「戦争はいけない」ということはずっと教わってきたと思うが、「何故、日本はあの戦争をしてしまったのか」というのは歴史の出来事やなんかは習っても「狂ってたとしか思えないなあ」という感じで。本書を読んだら司馬先生も中学くらいからずっと考え続けてこられてそれでもついに活字では書かなかった、あるいは書けなかった。

この本1冊読んで「わかった」と言う気はさらさらないが、考える機会をいただけて、いろいろ司馬先生の考えていることを教えてもらえて、ありがたいと思った。この時代のことについてはいろんな意見があるし、迂闊に公の場で云うのも、という空気があるが、そのことも本書を読みながら考えていたんだけども、でも最終的に究極の結論としては「戦争ってやっぱりしたらいけない」ということは同じなんじゃないかなあ。いろんな理屈をつけて「戦争」を肯定する向きも無いではないだろうが、わたしとしてはそれには賛成できない。

本書を読んでいると、司馬先生が戦争を起こした当時の軍人の上層部の人間に対してものすごく怒っている、ということが、あと、本当に心底どうしようもない奴らだったというか、思想も思慮もなんにもあったもんじゃない、みたいな、憤り、やるせなさ、いろんな感情が複雑に渦巻いていることが伝わってきて、胸にせまる。江戸時代から続いて明治で花開いた日本の素晴らしいものが昭和のあの戦争のときはまるで別の国としか思えない、とか、「魔法」なんていうファンタジーの言葉をつかわないとやっていられないという感じがして。

小学生の時、太平洋戦争のことを習うと、自分は日本人で、日本のこと嫌いにはなりたくないけど、この時代の日本はすごく嫌な国だったと思わないではいられないなあ、というようなことを何度か感じたことを思い出す。この事件があったとかなかったとかそういう細かい話ではない。
昔からある論議でその細かい所の正確さをあれやこれやとそれぞれの主張を言い張るのがあるが、本書はそういう次元で書かれていない。もっと大きな枠組みで、日本のことを考え続けたひとりのひとが責任を持って、魂を込めて語った映像、の活字化されたものだ。
さすが小説家だけあって、話が面白いので、どんどん引き込まれた。