2016/06/03

「明治」という国家

「明治」という国家
「明治」という国家
posted with amazlet at 16.06.03
NHK出版 (2016-02-29)
売り上げランキング: 49
kindle版
■司馬遼太郎
司馬遼太郎の歴史小説は高校時代~二十代に最も親しんだ。特に新撰組にハマっていたとき。なお『龍馬がゆく!』全8巻は4巻くらいで挫折して小山ゆうの漫画で続きを読んだ。根性なしとはわたしのことである。
司馬遼太郎は小説家であって歴史研究家ではないと認識しているが、自分の知りたい時代のことを実に活き活きと面白く書いてくれるので、ファンである。
歴史についてはたくさんの歴史の偉い先生がそれぞれに研究なさってそれでも「真実はひとつ」とはなかなかならないようなので、「史実」という言葉は素人が生半可に判断できるものではないと認識している。

本書は、1989年(昭和64年/平成元年)の正月と秋に“NHKスペシャル 司馬遼太郎トークドキュメント「太郎の国の物語」”としてNHK総合で放映されたもの(全7回、吉田直哉演出)、の書籍バージョンらしい。1989年9月日本放送出版協会からの刊行。これの電子書籍版である。日替わりセール¥599円でで上がってきたので読んでみた。
なお、書籍版には写真や図版があるらしいがkindle版にはそういうのはいっさい無い。

小説では無くて、司馬先生の歴史語りのかたちなので、スタイルは『街道をゆく』風。話がまっすぐ続かず、話が横道(というか関連事項、話のバックボーンとしてこれも知っておくと面白いよ的情報)に逸れまくるのも知識があふれんばかりにあり、「この面白さを出来るだけ誠実に正確に伝えたいんだ」という情熱・お人柄が伝わってくるので楽しい。横道が存外に長いので、本筋に戻った時に「ああその話だったっけ」と思うこと何度か。

詳しい知識があるわけではないが、明治時代が好きである。夏目漱石が生きた時代だしね。というか、日本人の多くが明治時代が好きなんじゃないだろうか。小説や漫画で明治時代を扱ったものはいまでもたくさんあり、そのほとんどが懐古趣味だけではなしに「古き良き時代」「明治の精神は立派だ」「モダンでおしゃれだったのよね」という好意的なスタンスで扱われているように思う。

というように、明治時代に良いイメージを持っているが知識がないので、幕末や明治時代の小説が多い司馬遼太郎のこういうテーマの本は(最初に宣言したようにあくまで司馬遼太郎の主張にすぎないし「史実と異なる」「歴史認識を異にする」こともあるだろうが)勉強になるだろうし、面白かろうと読んでみた。
そしてその期待は裏切られなかった。

最後の「おわりに“モンゴロイド家の人々”など」によればこの企画を持ってきたNHKの吉田直哉氏は少し違う視点・範囲で司馬遼太郎に話させたかったらしいが、それは断って、それでも引き下がられず、この話なら喋れるけど、みたいな経緯だったらしい。読んでみて、結果的にこの時代に絞ってわかりやすかったんじゃないかなと思う。

明治、と書いてあるけれど江戸時代の終盤から明治維新、そしてテーマによっては昭和の太平洋戦争に繋がっていく流れみたいなものまで触れられており、「日本」を読み解くうえで興味深いアプローチの仕方だと思う。

「ははあ」と思ったのは、明治以前は政治はまったく武家の仕事で、だから国を揺るがす大事件が起こっても武士以外の人は全然他人事だったというくだり。江戸幕府から明治政府になったって、廃藩置県があったって、大名や武士は大騒ぎでそれこそ命がけだったりするのに町人は蚊帳の外。それは、当時はまだ「国民」という意識が日本の誰にもなかったからで、明治維新を起こそうというひとの中ですらも外国の状況を知ってキイとなるものが理解出来ているほぼ一握りの人間だけが「国民をつくらないと駄目だ」という意識を持ち始めていて憲法をつくったりした、というのが凄いなあと。この時代で明治維新に関わっていまも歴史に名前が残っているひとたちというのは実際に「明治という国家」をつくったひとたちだったというのがよくわかる。ものすごいエネルギー、想像を絶する頭の良さというか、スケールが、モノが違う。

目次と、各章からキイになるかなと思える部分を引用してみた。かなり雑なので、概要には到底及びません。
第一章 ブロードウエイの行進
リアリズムといえば、明治は、リアリズムの時代でした。それも、透きとおった、格調の高い精神でささえられたリアリズムでした。
第二章 徳川国家からの遺産
じつは、小栗も勝も、明治国家誕生のための父たち(ファーザーズ)だったということをのべたかったのです。
第三章 江戸日本の無形遺産“多様性”
薩摩の藩風(藩文化といってもよろしい)は、物事の本質をおさえておおづかみに事をおこなう政治家や総司令官のタイプを多く出しました。
長州は、権力の操作が上手なのです。ですから、官僚機構をつくり、動かしました。
土佐は、官に長くはおらず、野にくだって自由民権運動をひろげました。
佐賀は、そのなかにあって、着実に物事をやっていく人材を新政府に提供します。
この多様さは、明治初期国家が、江戸日本からひきついだ最大の財産だったといえるでしょう。
第四章 “青写真”なしの新国家
明治維新勢力が、どんな新国家をつくるか、という青写真をもっていなかったことをもあらわしています。もっていないのがあたり前ですね。まったく文化の質の違う日本が、にわかに欧米と出くわして、それから侵されることなく、それらとおなじ骨格と筋肉体系をもった国をつくろうというのですから、これは、青写真があるほうがおかしいのです。
第五章 廃藩置県-第二の革命
さて、廃藩置県です。クーデターあるいは第二の革命ともいうべきこれほどの政治的破壊作業――むろん建設を伴いますが――が、被害をうける――抹殺されるという被害です――大名の側に一例の反乱もなくおこなわれたのが、ふしぎなほどでした。
廃藩置県のような無理が通ったのは、幕末以来、日本人が共有していた危機意識のおかげでした。
第六章 “文明”の誕生
西園寺公望が“まじめに四民平等を実行にかかったとき”と述懐し、さらに“いまよりもはるかに自由”だったというとおり、これは明治維新の精神でもありました。
国家もまた老いると動脈硬化をおこします。明治国家もその誕生早々の若々しいときは、このように世界性を身につけようとしていきいきしていたときがあったのです。
第七章 『自助論』の世界
明治時代はふしぎなほど新教の時代ですね。江戸期を継承してきた明治の気質とプロテスタントの精神とがよく適ったということですね。勤勉と自律、あるいは倹約、これがプロテスタントの特徴であるとしますと、明治もそうでした。これはおそらく偶然の相似だと思います。
第八章 東郷の学んだカレッジ-テムズ河畔にて
一つの民族――社会といってもいいですが――が、いろいろな経験をへて、理想に近い社会をつくろうとする。(中略)そういう社会を日本人も築きたいと思ってるけれども、自分の過去に対して沈黙する必要はない。よくやった過去というものは、密かにいい曲を夜中に楽しむように楽しめばいいんで、日本海海戦をよくやったといって褒めたからといって軍国主義者だというのは非常に小児病的なことです。
第九章 勝海舟とカッティンディーケ-“国民”の成立とオランダ
まだマルクスの定義による資本主義がヨーロッパで起こっていませんが、オランダではそれの先駆的なやり方が渦巻いていました。プレ資本主義ともいうべきものが。資本主義が人類に残した大きな遺産――いまでもあるのですから残したというのはおかしいですが――、人類に与えた大きな遺産は、自由ということでした。それからもう一つは、合理主義というものでした。(中略)
そういうオランダ国と日本はつき合っていたわけですね。
第十章 サムライの終焉あるいは武士の反乱
薩摩を中心とする日本最強の士族たちが死ぬことによって、十二世紀以来、七百年のサムライというものは滅んだのです。
滅んだあとで、内村鑑三や新渡戸稲造が書物の中で再現しますが、それはもはや書斎の“武士”だったのではないでしょうか。(中略)
西南戦争を調べていくと、じつに感じのいい、もぎたての果物のように新鮮な人間たちに、たくさん出くわします。いずれも、いまはあまり見あたらない日本人たちです。かれらこそ、江戸時代がのこした最大の遺産だったのです。そして、その精神の名残が、明治という国家をささえたのです。
第十一章 「自由と憲法」をめぐる話-ネーションからステートへ
いままでのべてきたことによって、明治維新が、多くの運動者に明晰な意識はなかったにせよ、“国民国家”の創出を目的としたものであったことはわかって頂けたと思います。(略)明治以前には“国民”は存在していませんでした。
おわりに “モンゴロイド家の人々”など
江戸期の日本は別の体系の文明だったが、まったくそれとはちがった体系の“明治国家”を成立させたということは、知的な意味での世界史的な事件ではないか。
(中略)
この主題は、明治時代というむかしばなしではない。明治国家という、人類文明のなかでにわかにできた国の物語として語ったつもりである。さらにいえば、いまの日本国がその系譜上の末裔に属するかもしれないが、あるいは、そうでもなく、人類の一遺産であるかのようにも思っている。

細かいことだがこの本を読んでいて「あっ、漢字のひらきかたルールが和語はひらがな、だ。堺雅人さんと同じだー」と思った。堺雅人さんは歴史にお詳しいらしいけど小説はあまり読まないとか、でもあれは大人になってからの話かなあ、高校生くらいで司馬遼太郎読まれたことあるかな? ルールは影響?それとも独自かな? とかプチ妄想してしまった。 えーでも読みやすさという意味では平仮名が多いのはそんなに読みやすくはありませんね、正直。

NHKスペシャル「太郎の国の物語」司馬遼太郎 [DVD]
NHKエンタープライズ (2006-12-22)
売り上げランキング: 63,227