2016/05/15

女王陛下の阿房船

女王陛下の阿房船 (講談社文庫)
講談社 (2013-05-31)
売り上げランキング: 46,785
kindle版
■阿川弘之
1990年2月に刊行された作品に単行本未収録の「ガダルカナルさよなら航海記」を所収し、1995年7月講談社文庫版として刊行されたものの電子書籍版。
船マニアの阿川さんが豪華客船に乗ってその様子を書いた随筆集。旅の同行者がどくとるマンボウこと北杜夫、狐狸庵先生こと遠藤周作、平岩弓枝、獅子文六未亡人の幸子さん…というミーハー心をくすぐるラインナップ。遠藤周作が北杜夫のエッセイに登場するときよりも随分下品で我儘放題の自由ぶりでちょっと意外だった。これは、北先生が皆に口をそろえていわれる「育ちの良さ」でもって描いていたからというのが大きいのかな。あと、年齢を調べたら遠藤周作は阿川弘之の3つ下なだけだからほぼ同等の友人という感じというのもあったのかも。会話を読んでいるとともに55を越えたいい歳のオヤジなんだけど旧制高校のバンカラ学生の悪ガキの会話みたいなくだらなさで絶えず口げんか?軽口のたたきあい?をしている。この本に登場するときの北杜夫は鬱のときだったので常にテンションが低くつらそうなのが残念。

初出とざっくり感想。
南蛮阿房航路「小説現代」1976年4月号
1920年12月生まれの阿川氏55歳くらいのときのエッセイということになる。
冒頭、柳原良平氏が大阪商船三井船舶から表彰されるのに祝辞をするところからはじまるのだがこれがおかしくって笑わずにはいられないとってもユーモアにあふれたスピーチで面白い。
柳原良平って誰だっけ、とググったらアンクルトリスの絵を描いたひとだった。わお。
獅子文六未亡人の幸子夫人はお嬢様育ちのおっとりしたかたで、クイーンエリザベス2に乗りたいとおっしゃる。それとは別に、阿川夫婦はホランド・アメリカ・ライン「ロッテルダム」でハワイまで行く予定を立てていた。
どうも阿川氏はQE2はあまりお好きでないらしい。乗り物での食事に大変関心があり、イギリスの船の食事の不味さもその理由のひとつということだ。
なんのかんの経緯があって、平岩弓枝夫妻と同行することになる。
こういう船では食事の際に「正装」をしなくてはいけないからタキシードとかそれに合わせた靴とかお衣裳代だけで馬鹿にならない模様。
船上で行われたマスカラード・ナイトに出し物をやったエピソードなど、大変愉快。

女王陛下の阿房船「小説現代」1978年11月号
鬱のまんぼう北杜夫がご母堂(つまりあの斎藤茂吉夫人ということだ)とクイーンエリザベス2に乗るから阿川さんご一緒しませんかと話を持ってきて、獅子文六未亡人の幸子さんと平岩弓枝夫妻とを誘い合わせて「平均年齢58歳の6人組」で横浜~ハワイまで豪華客船の旅をした話。漫才かコントかという会話続出で大変面白い。

なつかしの大連航路「小説現代」1979年8月号
QE2は気に入らないけれど「そこに幾つか事情があって、香港から再度の乗船を」することになった。「今回の連れは旧知の狐狸庵遠藤周作、一つ問題なのは、経費節約上九日間にわたって船室が一緒になることであった。」ということで、上記したように関西弁の遠藤周作と阿川弘之のいささかガラの良くない会話がこれでもかと出てくる。まあ、一緒の船室で旅をしようというんだから結局かなりの仲良しさんということなんだけどね。
何故一緒の船旅をすることになったかというと、今回QE2が大連に行くというので、小学5年まで大連で育った遠藤と戦前夏休みの度に大連に過ごした阿川は是非行きたい、となったと。香港で乗船し、40年来の大連を訪れて鹿児島経由横浜へ帰る、という旅程。

・皇家之星(ロイヤル・ヴァイキング・スター)号チャイナ・クルーズ「旅」1987年5月号
神戸から乗船、北京、大連、香港めぐりのチャイナ・オリエント・クルーズ。
乗客750余人のうち日本人はたったの7人で残りは全部アメリカ人。阿川先生は身内をつれての旅行(中婆さん二人、大婆さん一人と書いてあるがこれは先生ならではの悪ぶった表現)。日本、韓国、中国についての当時の感想などが書き込まれている。一部の白人の視線から感じる人種、民族、国家、国々の歴史と戦争にまつわる偏見憎悪についても。

鯨の処女航海「小説現代」1989年7,8月号
シドニーから香港まで「ロイヤリ・ヴァイキング・サン」に乗船。アメリカ人の乗船予約でいっぱいになっていたところへ一応キャンセル待ちで申し込んでいたらその1つだけが空いたので日本から飛行機でオーストラリアに急遽飛んで、そこから乗船するというまさに「船に乗るために」な旅。21日間かけて香港まで乗るのは周りの日本人からは「結構な御身分」と言われるが、乗船している外国人からは「何故香港までたったの二十一日間で下船するのですか」。皆、出発地のサンフランシスコから乗船しオーストラリア、香港と経てフォート・ローダーディルまで百日間の世界一周航海だからだそうだ。優雅だなあ。年配の、寡婦が多い模様。
タイトルの「鯨」というのは本物の鯨のことではなくて、「八月の鯨」という映画から取っていて、79歳と91歳の「頑迷、孤独、物忘れ、ぼけと猜疑心の老年物語」を描いてあるらしい。つまり乗客が鯨ならぬ老人ばかりだと云いたいらしい。「自分ら自身、鯨の一族であることは、つい失念していた」とは、食事のテーブル番号を読み間違えていたことをなかなか認められなかったあとに書いてある。
船中で永井荷風の『摘録断腸亭日乗』(岩波文庫)を読んでその内容についてあれこれ思いめぐらしたりするところが珍しく書いてあって興味深い。
グレート・バリア・リーフのところ、面白そうだなあ。
この回の途中で昭和天皇崩御について触れる箇所も心情が書きこまれている。

・ガダルカナルさよなら航海記「小説現代」1993年10月号
北杜夫夫妻との旅。「フロンティア・スピリット」号。ニューギニアのポート・モレスビーに始まって、ガダルカナル島のホニアラで終わるクルーズ。
北さんの著作でもおなじみの夫人・喜美子さんだけど、夫が妻を書くのはある程度制限がある。今回の様に阿川さんの視点で書かれている喜美子夫人像が興味深かった。どうもよく喋り、健啖家で、社交的なお方のようだ。

というわけで、掲載年に17年も開きがある。よく1冊にまとめたなあ。
面白さは、最初の2つがダントツで文句なしに笑えた。「鯨」もいろいろ書き込みがあって面白かった。

「あとがき」は文庫版に寄せて後日談的な内容。この時点も「洋上にて」なのが流石だ。