2016/04/06

蕎麦屋の恋

蕎麦屋の恋 (角川文庫)
蕎麦屋の恋 (角川文庫)
posted with amazlet at 16.04.06
姫野 カオルコ
角川書店
売り上げランキング: 451,135
kindle版
■姫野カオルコ
Amazonのアラスジ、タイトル、表紙イラストにダマされた。
表題作。「蕎麦屋の恋」っていうから、蕎麦屋から連想する「いぶし銀な、堅実な、あっさりした、粋な」恋を想定していたら、まあ後半のメインのはかろうじてそういう気配が無くもなかったのだが。
だってこの主人公の男、既婚者だから!
製薬会社経理部の課長、秋山健一。43歳。高校の時から付き合っていた女性が妊娠したことをきっかけに21歳かそこらで結婚したので、43歳にして22歳と20歳の娘がいる。商業高校出身で、そろばんが得意。珠算一級、簿記二級。
この男が何故か意味不明に無駄にモテる。若いの、同僚、年上のキャリアウーマン。
そして何の罪悪感もなく、身体の関係を持つ。不倫と云うのか浮気と云うのか知らないが、随分節操も倫理観も無いやつだなあと思うのに本人は「平凡」だと思っている。「自分の平凡な暮らし。ありふれている。」「たまにはレールから逸れてみたい。たま、でいいから。」などと考えている。日々の「暮らし」に「わびしさ」に包まれたりしている。断わっておくが、浮気や不倫を既にしている段階でこう考えているのである。「逸れたい」から不倫するのではなく、不倫も既に「平凡な日常」に組み込まれているのである。人生に倦んでいる。全然、全く、自分の言動が妻を裏切っていることだと悔いていない。「よくある平凡なことだ」と考えている。

もう1人の主人公は板前を目指し、大学卒業後勤めていた商社をやめ、調理師専門学校に通う波多野妙子、31歳。髪は短く切り、化粧気もない。育った家庭環境が孤食で、テレビを見ながら家族で談笑することも、こたつで団欒することも拒む親だったためにそれらに異様な執着心を持っている。父親の価値観を押し付けていることなどからどうやら「毒親」のようだ。破綻した夫婦を親として見て育ったためか、恋愛や結婚について関心が無いのに周囲はそうは扱わず、しばしばその言動が誤解を生む。しかしいくらなんでも年頃の女が一人暮らしの男の家に「遊びに行きたい」というのが何を指すのかわかっていない成人女性という設定には無理があるのでは。言われたほうが気の毒である。

このふたりが通勤電車内で顔馴染みになっていて、ふとしたことから言葉を交わしたりするようになり……というのが主軸。普通の恋愛小説の展開には至らない。でもタイトルが「蕎麦屋の恋」だということは著者はこれも「恋」だと云いたいのだろう。その前に何度も言うようだが男は既婚者で別に夫婦仲も悪くなくて妻に落ち度があるわけでもないのだが。
正直、秋山健一のような人間は大嫌いである。気持ち悪い。
波多野妙子のほうはなかなか興味深くて面白いし好きである。
妙子が腐れ男の餌食にならなくてよかった。

お午後のお紅茶」
最初はこういう展開になるとは予想できなかった。これも恋愛絡みなのかと思っていたら全然違う方向の話だった。面白かった。
ヤケに醤油のことがしつこく書いてあるなあと思って読んでいったらそういうことか。こういうひと、世の中にいっぱいいそうだなあ。カラーの花がおしゃれだったりするのが時代だなあとも。一時期どこもかしこもカラーの花をガラス瓶に活けてありましたな。お店のメニューも一昔前の「体に良い」感じ。いまはもっと凝って、塩分とかにも気を配ってる。
価値観の押し付けはいついかなる時代も、いまいましい。まして本人に自覚がない日には、どうやって反省させたらいいのだろう。

魚のスープ
この話が一番好きかもしれない。
最初は主人公の妻のキャラクターが好きになれないなあ…といらいらしながら読んでいたのだが、映画の話のあたりで「おっ?」と思わされ、彼女への評価がどんどん変わっていった。それと同時に主人公の妻への思いも深まっていったように思う。それにしてもこの語り手の妻や女性全般への考え方はどうなの? 馬鹿にしてんの? よくこんな考え方で結婚したね。呆れたわ。
男が昔の友人の女性について内心考えていた判断がまったくの誤解で、自分の都合の良い解釈を勝手にしていたことがわかるシーンが良かった。馬鹿だね~。でも気付いて笑えるだけ偉い。ここでひとりで怒りだしたり不機嫌になったりする救いがたい馬鹿が少なくないと思うから。ストックホルムが舞台というのも良かった。

単行本は2000年イースト・プレス刊。2004年角川文庫、ウィキペディアに〈単行本の一部を収録〉とある。収録されなかった作品もあるということか。kindle版は文庫を底本にしている。解説は例によって省かれている。
全体的に少し内容が古い気はした。昭和の流行、価値観というか。