2016/04/14

近所の犬

近所の犬
近所の犬
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姫野 カオルコ
幻冬舎
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■姫野カオルコ
kindle版
直木賞受賞後第一作。2014年9月18日幻冬舎刊。の電子書籍版。
いままで電子書籍は文庫になっているものを、という原則マイルールでやっているのだが(既にこのあいだ坂木司『アンと青春で破っているが)これは「文庫まで待つかな~」とずっと迷っていた。が、他に読みたい本が無く、試し読みで最初のほうを読んでみたら淡々とした中に独特のセンスがキラリと光る文章で「この平凡なテーマをこのひとが書くとどうなるのか」面白そう、ということで。

この作品には「はじめに」があり、それによれば、直木賞受賞作『昭和の犬』(同じく幻冬舎から2013年9月12日発売)は「自伝的要素の強い小説」であり、本作は「私小説」だそうだ。

住居の広さ、住人の数、自家用車の有無などから「私は」動物を飼ってはいけない環境である、と考えている。だが犬は好きだ。ということで「私」は近所の犬が散歩されているときなどに目で見て愛でたり、タイミングが合えば飼い主に許可を得て撫でさせてもらったりすることで無聊をなぐさめている。これを指して「借景」ならぬ「借飼(しゃくし)」という造語を披露されている。

章ごとに比較的深く交流のあった犬・猫を中心にそのエピソードなどが書かれており、それをテーマにしたエッセイのようにも読めるがわざわざ最初に著者が「小説」だと断っておられるので適所々々に「創作」が混じっているということだろうか。例えば家主の「鶴田かめ」という名前のあまりに目出度い字面などを見つめつつそんなことを考える。

わたしは近所で犬猫を見かけたときに目で追うことはあるが、家で飼ったことがなく、小学校低学年時に野良犬に追い詰められたことなどから中型犬以上はリードが付いていても少し怖い。だからこの作品の「私」が顔見知りのシベリアン・ハスキーにじゃれかかられて立っているときに肩に前脚をかけられて顔を舐められたり、飛びつかれて尻餅をつくシーンなどでは「ほわあ~、すごいなあ、これが嬉しいシーンなんだ」と感心したり驚いたり。
要は、犬について無知だから、「噛まれる」とすぐに思ってしまうのだ。たまにニュースで土佐犬に噛み殺されたとかやってるし……まあ土佐犬は相当大きいしシベリアン・ハスキーとは全然違うんだってことは頭ではわかってるけど……感情・感覚として。

本書の途中で2014年1月16日から6月くらいまで突如、人生で最もというくらいものすごく忙しくなった、という描写が出てくる。直木賞受賞だね。テレビにも出ていらしたのでびっくりしたよ(ジョブチューン)。そのときもジャージを着ておられた。イメージで頼まれたのかなあ。

出てくる中で一番良いなあと思ったのはラニという犬だった。飼い主の粋な人柄も素敵だし。でもこんなに賢い、飼い主以外の通りすがりの人間を覚えていてくれる犬には姫野さんもいままでで2匹しか会ったことがないと書いておられるからそうそういないんだろう。
猫のシャアの話は小説『昭和の犬』にも出てきたけど、ほんっとーに幼い姫野さんにとって大事な存在だったのに行方不明とは、と読むたびにあれこれくよくよ考えてしまう。どうにかならなかったのかなあ。

[グレースとミー]の章で前章のシャアの話を引き摺ってというかずっと心の中心にあるからだろうけど気持ちの中の年代がごっちゃになって猫をねえやと思っていた幼いころの思考がわーっと戻ってくるシーンは白眉であった。

最後の[ロボ、ふたたび]の章で中核派とかの安保闘争の学生運動とかのひと? が近所に一時いたその人たちとのことを連想して思い出していくシーンはいままで犬や猫の話だったのにいきなりどうしたんだとちょっとだけ戸惑った(まあ宇津木さんという名前だけはもっと前に鶴田夫人との会話の中で唐突に出てきて説明なしだったのでここで判明してある意味平仄が合うんだけど)。ひとの思考は小説のように順序立って説明順に出てくるものではない、ということを書いてあるのかなあ。

『昭和の犬』でも主人公の両親の一種異様な教育方針が書かれていたけど『近所の犬』でもさらりと、でもずっしりとそういうことが書かれていたのでほぼ著者の実際のご両親だと解釈していいのだろう。

直木賞受賞して多忙な中モノクロ「ざらばんし()」の紙面に載る写真の撮影だと思ってすっぴん&擦り切れた服で行ったら結果はカラーグラビアで特集組まれてましたというエピソードの「持って行き方、書き方」が面白かった。担当編集者についての前振りとかね。で、その同じ章でシャアとミーのシンクロが書かれるんだものなあ。やっぱこの章凄かった。

※姫野さんは「藁半紙」のことを「ざらばんし」と書かれていて、わかるけどあれ?って思って後でググったら滋賀などでつかわれている方言らしい。