2016/01/30

ミャンマーの柳生一族

【カラー版】ミャンマーの柳生一族 (集英社文庫)
集英社 (2014-06-05)
売り上げランキング: 358
kindle版
■高野秀行
高野さんの著作はちょこちょこ読む感じだがこれはタイトルから「ミャンマーはまあいいとして柳生か…なんか謀略謀殺?殺伐としてそーだなー」とスルーしてた本書、1/24の日替わりセールに上がっていたので読んでみた。全然殺伐としてなかった、少なくとも本書で書かれている限りではフレンドリーな面すらあった(紛争してた過去に彼らが何をしたかとかは知らんが。「いま」も裏では怖いことやってたのかもだが)。

高野さんと云えばエンタメノンフ提唱者。早稲田大学探検部出身ならではの濃ゆい人脈と、語学能力に長けてらっしゃるという素晴らしい強みをお持ちで「旅人に向いてる方だなあ」といつも思う。バックパッカーのルポの星といえばやっぱり御大・沢木耕太郎だと思うが(『深夜特急』は二十歳頃に読んであまりの面白さに夢中になった)、それの次世代を担う方のおひとりだと思う。沢木さんは硬派な感じだけど、高野さんはユルイ面もお持ちで、しかもだいぶヤンチャというか、正攻法で行かないことも多いようだ。
っていうか、レトルトカレーを温めることを「めんどくさい」と言い放つ、「めんどくさいハードルのめっちゃ低いひと」である(ソース=『ワセダ三畳青春記』)。

本書は、探検部の先輩である作家・船戸与一がミャンマーを舞台にした小説を書くための取材旅行に行くにあたって、高野秀行を「ガイド役兼通訳兼相談相手」に指名したので、一緒に行って、そのときに見聞きしたことを書きつつ、ミャンマーの政治情勢のあり方を日本の徳川幕府になぞらえて説明しようと試みた旅ルポ・エッセイである。
つまり「ミャンマーの柳生一族」というのは何かというと別にミャンマーに柳生一族がいたとか、似た一族がいたとかそういうわけではなくて、結構強引に「江戸時代の日本の情勢」と絡めてミャンマー(取材当時・2004年)のことを説明しようとして、その軍事政権最大の力を握っていた軍情報部を何に例えたら一番わかりやすくて「近い」かを高野さんが考えた末に出てきたのが「柳生一族」だったというわけだ。
ちょっと引用してみよう。ただし間にある説明まで引くと長くなる為、適当に抜粋させていただく。ご留意願いたい。

ミャンマー政府を「軍事政権」とか縮めて「軍政」などというからおどろおどろしい感じがするし、自分には関係のない遠い国の話みたいな感じがするが、要は江戸時代の日本だと思えばいい。
  ミャンマーは軍事独裁政権である。閣僚は全員将軍級の軍人だ。なかには小学校しか出てない大臣も多数いるという。閣僚も主要な役職はほとんど軍人が占めている。とんでもない話のようだが、徳川幕府はまさにそうだった。それで、ちゃんと機能していた。
  (中略)
  その中にあって、軍情報部とは、徳川幕府であるならさしずめ目付であろう。
  (中略)
  この役目をいちばん忠実に果たしたのが、まだ戦国の荒々しい空気が残っていた江戸初期に活躍した柳生一族だと私は考えることにした。目付の頭「大目付」(当時は「惣目付」)である柳生宗矩以下、柳生一族は徳川幕府安定のために活躍した。
  (中略)
  軍情報部はミャンマー幕府において、まさに柳生一族である。首領であるキン・ニュン首相は他の有力な諸侯と異なり、戦に出たことがない。家柄がよいわけでもない。
  (中略)
  キン・ニュン宗矩と情報部は、この国のいたるところにスパイ網を張りめぐらせ、民主化運動や共産主義者、少数民族の独立運動などを監視し、苛烈な取締りを行うと同時に、軍内でも諜報工作を行った。

……というわけで、高野さんの試みは序章の最初「ミャンマー柳生、おそるべし」に詳しく説明してあり、了解出来た。了解出来たが、この試みは正解だったのかどうかは最後まで読んだがなんとも言えなかった。というのは、私の頭の中で「現代(2004年で既に十年以上前の、スー・チー女史がまだ軟禁されていたときのことで既に過去なんだけど)のミャンマー」と「江戸時代(ちょんまげ・サムライ・裃)」のイメージがごっちゃになり、更に「柳生(怖い・卑怯・手段を選ばない)」がミックスされ、わかりやすいといえばわかりやすいけど、ミャンマーを正しく理解できたのか、ミャンマーと云われているのに「暴れん坊将軍」の城が頭の中をよぎっているのはいいんだろうかという。
まあ読んでいくうちにだんだん慣れたが、高野さんはしつこく「柳生」「幕府」「外様」「藩」などと「江戸時代ワード」を投入し続けるので、「なんだかラリホー(c)成田美名子@『ALEXANDRITE』」な感じだった。

船戸与一の著作は不勉強なので読んだことがないのだが、この本に出てくる船戸氏の像はまさにイメージ通りで、豪快というのかマイペースというのか、やっぱりちょっと変わっているなあ、と思った。カリスマ性とかいうのもあるのかな。後輩目線で書いてあるからわからんけど現地の「柳生」さんたちが「上」として扱っているのとか(ちなみに現地語も喋れるフレンドリーな高野さんは「同輩」扱いだ)。

ミャンマーの事はニュースで散見するくらいで未知の世界だったのだが、思ったよりも「ひと」が気さくで冗談と笑いがたくさんの旅になっていて、最初は「どうなることか!?」と緊張していたのにあっというまに肩の力が抜けて行った。面白かった。ワ州では第二次大戦中もまだ「首狩り族」として名高かったとか、「ひえ~」って感じだけど。麻薬とか生活のために作ってる州があるとか、「ウーム…」って感じだけど。
何より、最後の「柳生一族の没落」は2004年10月、既に高野さんがミャンマーの旅から帰って半年ちょっとの時点で、ミャンマーの政局が大きく変わっているのとか、「うわー、そんなことそういえばニュースで観たっけな?」って感じだけど(すみません、この程度の関心の低さです)。

目次を写す。
前口上
序章 ミャンマーは江戸時代
ミャンマー柳生、おそるべし
第一章 アウン・サン家康の嫡子たち
柳生、仕事すべし/幕府にたてつく人々/幕府の豆鉄砲狩り/ミャンマー幕府成立とスー・チー千姫
第二章 柳生三十兵衛、参上!
柳生三十兵衛、参上!/謎の男は「裏柳生」/柳生一族、懐柔作戦/かけがえのない「元麻薬王」を大切に/スーパー外様「ワ藩」別件
第三章 たそがれのミャンマー幕府
中国がアメリカに見えた日/武家社会はつらいよ/鎖国の中の国際人
第四章 柳生十兵衛、敗れたり!
アウン・サン家康の風呂場/柳生と老中の死闘/ミャンマーのシャーロック・ホームズ/柳生十兵衛、敗れたり!
終章 柳生一族、最後の戦い
キン・ニュン宗矩はタカノを知っていた!?/柳生一族の没落
あとがき