2016/01/21

昭和の犬

昭和の犬 (幻冬舎文庫)
昭和の犬 (幻冬舎文庫)
posted with amazlet at 16.01.21
姫野 カオルコ
幻冬舎 (2015-12-04)
売り上げランキング: 43,686
kindle版
■姫野カオルコ
第150回直木賞受賞作。2013年9月単行本化、2015年12月文庫化の電子書籍版。
すんごい面白かった!
本編はもちろん素晴らしかったし、kindle版だけど「文庫版・解説としてのあとがき」がちゃんと収録されていてその内容が著者自身による作品の構造解説だったりしてこれがまたわかりやすくて直前の本編読了の感動をうんうんと頷きながらストーリーを噛みしめられる効果もあって、とても良かった。

姫野さんの著作は2006年に『ハルカ・エイティ』を読んだだけだったのだが、それは友人に強く薦められたからだった。筆名や他の作品のアラスジからなんだか「個性派過ぎて、キレキレで合わないんじゃないかな」と思っていた。「ハルカ」は面白かったけど実話を元にしてあると読了後知り、この作家さんは作品によって文体や雰囲気を変えるタイプで「ハルカ」は異質とあったので続けて同著者の他作品を読もうという気にもならなかった。

今回この作品を読もうと思ったのは、2013年の直木賞受賞時に気にはなって頭の隅にずっとあったということと、文庫化と同時に電子書籍版も出て手ごろな値段になったこと、Amazonのレビューで皆がかなり上質の誉め方をなさっていたので心を動かされたということから。

つまり割とハードルが高い状態で読んだわけだが、にも関わらず、期待を上回る傑作で……切り口も冒頭から斬新で上手いし、すっと引き込まれるし、章ごとに新鮮さがあって飽きる暇がないし、なにより犬や猫が愛らしくて、読んでいて楽しかった。
「昭和の犬」というタイトルだしこの表紙だから犬がキイになっている小説なんだろうとは想定していたが、それをお涙ちょうだいの「犬と人間の感動話」にしていないところが良かった。この主人公は幼い頃から犬と触れ合う機会が多くて、主に家で飼われている犬や猫との関係を年代ごとに追って書いてあるのだが、昨今一部の飼い主にあるような犬を犬として扱わず人間扱いするということは一度もなく、大事に、でもあくまで犬として扱っているところが、きちんと関係を築いているところが格好良かった。

とても可愛くて良い犬が多いので、人間よりは寿命が短いとか、行方不明とかでいなくなってしまうことが度々あるので、そういう展開を読むと寂しくて悲しかった。ずっと一緒にいれたらいいのに。でも案外長く執着せず、また次の時代、次の犬の話になっていく。別に冷淡とかそういうわけではなくて、昔あったことを現在振り返って書いているスタイルだからというのもあるだろう。

著者による「解説としてのあとがき」に必要なことは全部書いてあるけど、先に読むか後に読むかはまあ好き好き。わたしは後で読んだ。翻訳ものの場合、解説を先に読むことが多いんだけど。この「あとがき」は結構内容についても触れているから白紙で無心で読みたかったら後にしたほうがいいかもしれない。
姫野さんは昭和33年生まれで、この小説の主人公も同じ感じで、昭和38(1963)年から平成19(2006)年くらいまで、主人公の年齢でいうと5歳児から48歳くらいまでのことが書かれている。幼い時のほうが時間の進み方がゆっくりだから、割くページ数も多くしてあるとかそういうことまで「あとがき」に書いてあってそれは読んでいてそのとおりに感じていた。
読んでいるときも主人公の年齢設定などから「そうかな?」とは考えていたが「あとがき」にはっきり【自伝的要素の強い小説です。】と書いてあって、すごい人生だったんだなあと改めてびっくりした。っていうかご両親の性格が。実際にこんな感じだったのかと。これはしんどいなと。今ならナントカハラスメントというか虐待に当たるんじゃないか。【父が割れる】という表現方法はすごくて、これほどリアルに的確にその恐ろしさ、異様さを伝える短い言葉もないだろうと。突如として【割れ】て、【咆哮】するんだそうである、自分の気に入らないことを子どもや妻がすると。その怒る内容がまた意味不明な理不尽なことが多く。恐ろし過ぎる。おまけに母親も異常で。学校の教師をしていたらしいが……思春期から年頃になった娘がブラジャーをすることを認めない母親ってなんなのと思うけど、つまり娘が「女」になることを認めない感じなんだろうなあ。すんごい極端だけど。
こういう両親に育てられたことは主人公の性格形成に大きく影響した。 父親に愛されて育った娘と自分の違いを冷静に分析するシーンが後年に何度かある。
主人公が東京の大学に進学してわりとすんなり親元から離れることが出来たのは意外だった。そういう方向の執着は無かったってことか。そして主人公も親が年を取って入院したりしたら東京と滋賀を行き来してちゃんと世話をしているのにちょっと意外な感じがしたが「実際」っぽかった。この小説でも書かれているけど家族のことはその中にいるひとでないと本当のことはわからない。親を切り捨てて「故郷には戻らない、親にも会わない」という人生もあるだろうし、この主人公はそうしようと思わなかったわけだが、どちらが良いとかいう話ではない、そういうことを書いた話ではない。主人公が大人になってから住んだ貸間の大家さんについての噂話などを聞かされてもそれを丸呑みせず、きちんと「家族の人でないからわからないんだ」という意見を貫くところとかは苦労なさったひとだからこそだろう。
そしてそんな彼女がこの小説のラスト近くで言う。
「今日まで、私の人生は恵まれていました」
どこがやねーん! と瞬時にツッコみたくなったが、彼女は本心からそう言ってるんだ、というのもずっと読んできた身にはわかり、いろんな感情が沸き起こる。ああ、「家族のこと」も「そのひとの心のありかた」も表面的なことだけではわからないし、同じことを経験したとしても「ひと」が違えば「捉え方」も違う。人生を肯定できる、感謝することのできる、このひとは素晴らしいひとだ。

この話の主人公よりわたしは半世代ほど後の生まれなのだが、昭和のあのころは時代の進み方が早かったからだろう、「だいぶん違うなあ、昔だなあ」と思うことが結構あった。田舎育ちなのは同じなんだけどトイレの無い家に住むとかはなあ。どちらかというと母親の世代に近いのだが、姫野さんの切り口はユニークだから新鮮な感じで面白かった。ほんとに日常スケールで書いてあるんだけど、ただの昔語りにならない。ごく幼いときの描き方とかがくっきり映像で浮かぶくらいにリアル。テレビ番組とかを絡めて書いてあるから同世代のかたは懐かしかったりするのかもしれない。田舎と東京が随分違った時代。あと、親が主人公の世代の平均より高齢だったという設定で、大正生まれという関係で父親はシベリア抑留帰りだったりして、そういう育った環境の違いも大きいか。でも、平成に入ってもまだ東京で「貸間」に住んでいたりして、主人公が自ら選ぶ「環境」もかなり保守的というかなんというか……っていうかそんなもの当時まだ残ってたのかという感じ。たくさん出てくる関西弁は読んでいて心地好かった(この関西弁も今時はここまでコテコテのは年配の方しか喋らない)。主人公は大学から東京なので標準語を喋るようになり、ちょっとだけ違和感があったがまあ実際はそうなるか。

以前に読んだ本でも昭和50年代頃を「ネアカ・ネクラ」という言葉が出てきて、「明るいキャラクター」が求められたと書いてあって「そういえばクラスメイトが自己紹介でそんな言葉を使ってアピールしてたな」と思い出し、当時は子どもだったからわからなかったけどあれは「時代の空気」のせいだったのか、と静かに衝撃を受けていたのだが、『昭和の犬』にもまさに同じことが出てきた。
主人公は、【明るく軽い印象を人に与えられない。明るさは対人間関係最大の武器であるが、とりわけ昭和五十年代後半は、明るさを、人がもはや脅迫される時代であった。ものごとに拘らない、考えないことを、ひょうきんだ元気印だと礼賛する時代であった。】として人とあまり関わりのない職業を選ぼうとする。

いま手元のkindle内を検索したら佐藤正午『象を洗う』だった。この際だから『昭和の犬』の感想からはだいぶ話が脇道に逸れるが自分的に関心がある事項なので書き写しておきたい。
佐藤正午『象を洗う』より。
僕が高校・大学時代を送った一九七〇年代には人の性格は二通りしかなかったように思う。あるいは、二通りしかないと言われていたように思う。(中略)その二通りとは明るい性格か暗い性格かというものだった。明るい方はネアカと呼ばれて重宝がられ、人気者にもリーダーにもなれるし幸福な人生も約束されている。ネクラと呼ばれる暗いほうの人はまったくその逆である。と、まあそんな感じだった。(中略)
七〇年代にネアカと呼ばれて持ち上げられた性格は、八〇年代に入ると軽いとか軽薄とかの言葉を代用してなかば非難の的になった。一方、七〇年代にネクラと呼ばれて敬遠された性格は、九〇年代に入ってオタクという言葉とともになかば復権した。(中略)
この要約はもともと、七〇年代に人の性格を明るいほうと暗いほうと大雑把に二分した(二分できると考えていた)風潮から来ているのであまり意味はない。最初に断ったように、普通の人間は時と場合によって明るかったり暗かったりする、というのが僕の一貫した考え方だ。要するに、明るいとか暗いとかいうのは僕の考えでは性格ではない。それは性格というよりもむしろ気分と呼ぶべきである。
モノゴトを俯瞰で捉えることの大切さ。
いま「常識」だと思っている「自分の考え方」だと思っていることだって所詮「時代」の風潮に影響されたものに過ぎないのかも知れない。

『昭和の犬』はひとりの女性の半生を書いてあって、「昭和」だけど彼女自身の生活は「戦後」なところ、高度経済成長の「元気だった昭和」の日本の時代であること、でも「親が戦争を経験している」ことなど、「その世代」を見事に描いてある。その空気を知っている、ちょっと昔だからこその懐かしさ、安心感みたいなのもあって、本当に良い小説だった。「あとがき」の次のページに姫野さんの写真が載せられていて、編集部の方による「受賞会見にジャージで走ってきた姫野さん」という手書き文字が添えられていて、微笑ましかった。そのあとに「幻冬舎による著者紹介」が丁寧に書かれていて、著者のお人柄の良さゆえだろうなとにこにこしてしまった。以前テレビの「ジョブチューン」という番組に出演されていた時に偶然拝見したけど、とても謙虚な方だと思う。

象を洗う
象を洗う
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光文社 (2013-01-11)
売り上げランキング: 136,197