2016/01/14

オカマだけどOLやってます

オカマだけどOLやってます。完全版(上)
文藝春秋 (2012-09-20)
売り上げランキング: 1,982
オカマだけどOLやってます。完全版(下)
文藝春秋 (2012-09-20)
売り上げランキング: 7,640
kindle版
■能町みね子
この電子書籍版は、初出はブログで書かれたものらしいが、2006年10月刊『オカマだけどOLやってます。』と2007年12月『オカマだけどOLやってます。ナチュラル篇』(共に竹書房)の2冊を加筆、再構成し、完全版として文庫化(2009年文春文庫)したものを(上)(下)に2分割したものだそうである。
2分割にしてある意味は商売上のなんらかの都合かなあ、だって上下合わせても全然多くないページ数なんだもの。
kindleで面白いことはいくつかあるが、書籍のページ数が同一条件で比較できるということがかなり面白い。紙の本だとページあたりの文字数がまちまちだけど、kindleだと同じカウント方法なんですね。フォントの大きさとか、行間を変えたら総ページ数も変わるのかいろいろ試してみたけど変わらない。どうやら、どういう条件でもトータルは同じになる仕組みになっているようだ(具体的には、最大フォントでカウントした場合のページ数を最少としてあるので、例えば最少フォントの1ページはひとつめくっただけで9ページ毎になっているとかして調整されている)。
で、それでいくと(上)は998で、(下)は1630です。合わせても2,628にしかなりません。
長さの比較がしやすいように夏目漱石『草枕』は2747です。『吾輩は猫である』は8742もあります。
というわけで『オカマだけど』を分冊にする理由はお金儲けの為デスカ?と聞きたくなってしまうのもまあ仕方アリマセンね。
ちなみに(上)¥324、(下)¥324で合計¥648。文庫版は¥713です。

あ、それと!
この本には能町さんの1コマ漫画風の挿し絵がけっこうたくさん載っているのですが、kindle版ではそれがすんごく小さくなってて、そして絵によっては拡大できるんだけど出来ないのが8割くらいだった。仕方がないから目を近づけて頑張って読んだけどめんどくさくて諦めたのもだいぶある。このへんをきっちり読みたい方は紙の本で読まれたほうがいいんだろうなあ。解説はkindle版には省かれているけど紙の本にはあったのかなあ。

内容は、先日読んだ『お家賃ですけど』と時期がけっこう被っていて、でもこちらには住まいの事はほとんど触れられていない。その代り、日々の「女性の格好してるけどまだ男性の名残がある状態」とかについてかなり丁寧に書いてある。でもあんまり性的な生々しいことは書いていないので中学生とかが読んでも学校の図書館に置いてあっても全然大丈夫。健全です。
男性として生まれて女性の格好をするのは大変では?と思ったんだけど、もともと能町さんは男性にしては女性っぽく見られがちだったそうで、たしかにネットで現在のお顔とか拝見しても「あ~キレイな男の子だったんだろうな~」って容易に想像できる。意外だったのが性同一性障害の方でよく目にする「小さいときから男の子が好きで」とかそういうのが無くて、大学生になってもまだ女の子とおつきあいしている(ただし体についての興味が全然湧かなかったので今思えばあれは恋愛感情ではなかったと書いてある)。
この方は大学卒業後、男性として就職して、その時点で私服であれば女性と間違われたりしていたらしい。でもあるとき洋服屋さんで男性扱いされて、このままどんどん男性っぽくなっていくことに抵抗を覚えたそうだ。ふーん。
髭は永久脱毛で処理して、名前は裁判所で変える手続きをして、女性ホルモンを薬で摂取して、声は練習して高い声で話せるようになったそうだ。本書の最後のところで、いよいよタイに手術しにいく手前となる。「文庫版あとがき」時点では戸籍上も女性になっていて、だからまあ普通に女性として過ごしてらっしゃるらしい(ネットで散見したが、テレビにも出演されているんですね。この著作を知らなければ彼女が生まれたときは男性だったことや「オカマ」として著作をものしていたことなど全然知らなかったという方が少なくないようだ)。

わたし個人でいえば、この本のタイトルだけたぶん2006年当時に「本の雑誌」で見ていたのでタイトルだけで「ああこのひとはオカマさんなんだ」という認識でずっと(つまり10年間)きたわけだが、中身を読んでみると「オカマ」という言葉から想像していたような印象と随分違った。色んな意味でナチュラルというか、肩肘張ってないというか、悲壮感もないし、あんまり悩んでいるシーンもない(別に性同一障害じゃなくても十代の男女であればなんらかの悩みはあると思うが、能町さんの本書におけるスタンスなのか、もともとそういう性格なのかはわからないが、ウジウジさがかけらもないので爽快なのだ)。
少し物足りなく感じたのは「OLやってます」というタイトルだから、もっと会社での日常風景について日記風に書かれているのかと想像していたらそういう記述はほとんど無かったこと。最初のほうに書かれていた「男性だったら重い荷物を持たないといけないけど女性だったら男性が手伝ってくれてラッキー」とかその種の「日々の男女の違いあるある」についてもっと書かれているのかなと思っていたんだけどそれもあんまり無かった。

この本を、性同一障害で悩んでいるひとが読んでもあんまり参考にならないんじゃないのかなあという気がしないでもない。別に悩んでないけど他の人の例も読んでみたいわ、くらいのノリだと丁度良いような気がする。まあ想像だけど。
でも異性愛のひとも十人十色なので、まあ条件は一緒ですね。他人の人生と比べても結局はいろいろ全部違うので、むしろ「同じじゃないこと」に悩んでるならそれはノー・プロブレム! みんな違って当たり前なんだぜ。――とかなんだか意味不明に感想が励ます方向に動きがちですが、それこそが能町さんの避けたいところなのかもしれなくて、能町さんが何故「オカマ」という表現を使ったかというとひとえに「性同一障害」という言葉を遣うとなんだかいろんなものを背負っちゃって相手も深刻にとらえがちだし「障害」「病気」だというのとはちょっと認識が違うので…みたいなご意見で、なるほどなあと思った。
あとがき」から引用。

  最近は「性同一障害」ってことで、ちゃんと(?)市民権を得られるようになりました。もちろん、それは素晴らしいことだと思うし、道を切り開いた先人には超感謝してます。
  なのに、なんでこの呼び方に抵抗があるかっていうと、言葉のイメージが、ちょっとね……。
  ドキュメンタリー番組とかだと、必ず「障害に負けずにがんばってる人」「それに対し社会の遅れが……」っていう取り上げられ方になっちゃうんですよね。
  (中略)
  私、わりと毎日ヘラヘラ楽しくやってるし、苦労がないわけじゃないけど誰にだってそれなりに苦労はあるだろうし。世間と戦っているつもりなんか全然ない。
  (中略)
  お笑い系のオカマか、オンナ顔負けの美形ニューハーフか、苦労を重ねて世間と戦う性同一障害か、3つしか選択肢がないなんてイヤですよ。私はそのどれでもないところで、ごくふつうの女子になっちゃいますからね。


3つしか選択肢がないなんてイヤ」これは物凄いわかりやすい。そうだ、そのとおりだ、3種類にしか分けられないわけあるか!
というわけで、「オカマだけど」という言葉の選択の裏にはこんな彼女の思いがあったんだなあ、としみじみうなずく10年後の納得、なのでした。