2015/12/19

冠・婚・葬・祭

冠・婚・葬・祭 (ちくま文庫)
筑摩書房 (2013-08-02)
売り上げランキング: 9,136
kindle版
■中島京子
本書は、2007年9月筑摩書房から上梓され2010年9月ちくま文庫になったものの電子書籍版である(解説は省かれている)。
「冠婚葬祭」をテーマにした短篇集。
作品どうしの登場人物のつながりなどもあるので、連作っぽくもあり、最初から順番に読むことをおすすめしたい。

初・中島京子。田山花袋『蒲団』をベースにした2003年のデビュー作『FUTON』から気にはなっていた作家さんで(面白い試みだとは思ったが『蒲団』自体が若いときに読んでそんなに好きな小説じゃないからあんまり気が乗らなかった)、2010年『小さいおうち』で直木賞受賞されたときもどんな内容かはチェックしてテーマ的に今読みたいかどうか…ととりあえず見送っていた。今回kindle版「月替わりセール」で大変お安くなっていたので「良い機会だ!」と購入。キンドルってこういうのがあるからどうしようか迷っている人間には絶好の後押しになるよなあ。有難い。

で、実際読んでみて、予想していたよりもずっと読みやすくて馴染みやすい作風だったことを知った。もうちょっとクセのある方かと思っていたのだ(まだひとつしか読んでいないので即断は禁物だが)。
面白かった~。
強い感動とかまではいかないけど安定した良品という感じ。

「冠婚葬祭」と聞いて、「結婚とお葬式と…あと何だっけ?」と行き詰ってしまった恥ずかしいわたしである。
kindle内臓の電子書籍(大辞泉)によれば
日本古来の四大礼式、元服・婚礼・葬式・祖先の祭礼のこと。また、一般に、慶弔の儀式。】とある。
ウィキペディアを見ればもっと詳しく書いてあるが、わかりにくいのは「冠」と「祭」だと思うのでそこを引く。
冠=成人式を指す。かつては15歳の元服に由来し、冠を頂く(社会的な役職や参政権を得る)の意味を持つ。(以下略)
祭=先祖の霊をまつる事全般をさす。法事やお盆など様々であり、(以下略)

以下、作品ごとに簡単な感想をば。
「空に、ディアボロを高く」
成人式にまつわる話。
と云っても新成人を主人公にするのではなく、一歩引いた24歳の青年の仕事上の失敗(挫折)からそれを描いていく。冒頭の「辞表があっさり受理されて通う場所がなくなってからの」なんていうショッキングなはじまり方から「なんでこれが冠婚葬祭?」と興味を引かれ、ぐいぐい内容に引っ張られていく、上手いなあと最初から感心させられた。
重くも軽くも成り過ぎない、この「若さ」があるから「苦さ」もやがて彼の糧となることが容易に想像出来るから、希望を持って読めるのが良い。

「この方と、この方」
結婚にまつわる話。いまはもう珍しい「お見合いおばさん」が主役。
恋愛結婚主流の世の中で「お見合い」とは何かがかなり詳しくその本質に踏み込んで描かれる。
最初、若い女性のほうになにか急がなければならないかなり酷い理由があるんじゃないかと危ぶんでいたのだがそういう話では無かったのでほっとした。それにしても兄の恋愛や結婚にここまで口をはさんで世話をやきまくる妹ってどうなのかなあ、よくある話なのかなあ、うちは弟だけど弟の恋愛や結婚になんてまったくノータッチだけどなあ。
恋愛じゃないけど、ひとのくっつく・くっつかないが扱われる話というのは興味を引かれ易いテーマであるのだな、と再認識した。

「葬式ドライブ」
お葬式にまつわる話。
これも当事者、その家族ではなくて、全然関係ない仕事がらみの若い青年が主役に据えてあるおかげでライトに読める。
上司に言われてある老婦人を告別式と火葬場でのお骨拾いに連れて行き、送り届けるという一日を経験した青年、老婦人と、亡くなったひととの関係については明確には明かされず、青年の想像をユーモラスに描いてあったりして、少しずつ見えてくる「事実」はかなり重たくて暗くて大変なことであったろうに、こういうふうに明るく仕上げることが可能なんだなあ、それは「もう昔の話だから」というのもあるんだろうけど、面白い書き方だなあ、上手いなあと感心した。形式的なお葬式も悪くはないけれど、宇都宮のおばあちゃんみたいな気持ちのこもったお別れの会をしてもらえるひとはみんなに愛された証拠だなあとあたたかい気持ちをもらえた。

「最後のお盆」
お盆の話。
このお話はちょっと不思議な、あの世とこの世が入り混じったような、不思議な雰囲気・出来事が描かれる。
三姉妹のそれぞれの性格の違いとか、それぞれの嫁いだ先との関係とか、亡くなった母とか伯母とか親戚とか従兄とか近所のひととかいろいろ短い話なのに登場人物が多くてちょっと頭のなかが混乱したけど、その混乱もこの作品のいろんなものが混じり合った空気を作り出す効果になっているような気がする。たとえばこの作品の登場人物が親戚がいなくて家族も少なくて、という都会的な一家だったらそもそも成立しない話だよなあ。
うちの良心の実家両方ともキュウリの馬もナスの牛も作らなかったので、大きくなってから、漫画とかそういうのでその文化を知った。この作品中でもそういう場面があり、小学生の娘が「学校で習ったお盆では作ってたもん」と主張するのとか、リアルだなあ~と思った。っていうか、学校で「習う」んだ今は…。