2015/12/01

この世にたやすい仕事はない

この世にたやすい仕事はない
津村 記久子
日本経済新聞出版社
売り上げランキング: 4,330
■津村記久子
おおお面白かった~!!
いままで読んだ津村さんのなかでも1,2を争う面白さかも、っていうか今まで読んだ津村作品には無かったタイプだったので完全に予想外だったというか。
例によって本編を読む前はあんまり見ないようにしている帯に「作家生活10周年記念作品は、お仕事”ファンタジー”小説!」と書いてあるのが目の端にとまってはいたんだけど、全然信じていなかった。だって津村さんは等身大の、リアルな日常をこつこつ描いてくれる作家さんだもの。喫茶店で隣の女性客同士で喋ってそうな。作風ちゃうやろと。
だけど本書の中のあるお話は確かにファンタジーだったかも。

10月の半ばの発売で、梅田の紀伊国屋書店では津村さんのサイン本を扱ってくれているのでそこで狙い通り購入したのだが(単行本には珍しくフィルム包装してあった。宮田珠己『日本全国津々うりゃうりゃ 仕事逃亡編』と同じ日に買ったんだけどそういえばこれもフィルム包装してあったなあサイン本でも無いのに立ち読み防止か)、しばらく他を読んだりして積んであった。
サインは文字は黒、その周りを濃いめの水色のペンで四角く囲ってある。ギザギザが上下にあって……単に「変わった枠だなー」と思ってたけどこれってもしかして飴の包装紙を表しているのかなあ。真ん中に3本の縦線があって、右のスペースに【この世にたやすい仕事がない】と書いてあって、左のスペースに著者名が書いてある。
この本のタイトルは「仕事」だがサインのほうは「仕事」になっていて、その違いがなかなかしみじみと味わい深い。

5つの話が収録されているのだが、主人公が同じで、時系列通りに進んで行って、話も繋がっているので、短篇として読めないこともないけれど順番に読んだ方がいい連作短篇集。

主人公は女性で、大学卒業後14年間勤めた仕事を辞めた後(燃え尽き症候群のような状態になったのらしい)、療養のために実家に帰り、失業手当をもらっていたがそれも切れたので職探しを本格的にはじめた。だめもとで相談員さんに
「家からできるだけ近いところで、一日スキンケア用品のコラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」と条件を出してみたら
「あなたにぴったりな仕事があります」
と紹介されたのが「第1話 みはりのしごと」。
モニター2台を前にして延々対象者の生活を覗き続けるという仕事。いちおう同性で、というくくりはあるらしいが、そして見張られるにはその理由が(犯罪絡み)あるらしいのだが、正直言って見張「られる」側の立場を想像しただけで嫌だなあ~! 「知らない間に犯罪者からヤバい物を預かった」からそれを探すために見張られてるらしいんだけど他に方法あるだろうと言いたい。
もちろん見る側だって嫌だ。想像しただけで「そんな仕事したくない」と思う。興味ないし、他人のひとに見せない言動なんて見たくないし、第一退屈そうだ。退屈な割にストレスだけは溜まりそうだ。罪悪感もあるだろう。
案の定、最後のほうにこの仕事には向き不向きがあるという会話があって、納得。

第2話は「バスのアナウンスのしごと」。
タイトルから、バスの中に流れる音声をアナウンスする仕事かと思ったらそうではなくて、その音声の原稿(広告文)を作る仕事だった。この第2話にちょっと不思議な先輩が出てきて、ファンタジーっぽい、判然としない展開がある。おお、津村記久子でこんなのが読めるとは。
この仕事はなかなか面白そうだったし、職場にも特に問題が無さそうだったのだが、そもそもこのアナウンスを作る仕事自体がずっと必要なものではなかったため、他の会社に行くことになる。

第3話は「おかきの袋のしごと」。
お菓子の小包装の裏に豆知識とか書いてあったりする、そのネタと文章を考える仕事。これはなかなかクリエイティブでやりがいがありそうな面白そうな仕事だなあと思った。主人公もいろいろ前任者のプレッシャーとかを乗り越えて頑張る。そこからの展開にはちょっとわくわくして、その後アゼンとなった。うわーなんなのこの辞めなきゃならなくなった理由。怖すぎる、リアルにありそうだけにすんごいメンタルやられそう。こういう展開をさらりと書いてくるところが流石の津村さんだなあ。

第4話は「路地を訪ねるしごと」。
全5話の内、この仕事が一番読んでいてやりたくないなと思った仕事だった。町中に「緑を大切に」とか標語的なポスターを貼る仕事なんだけど(いちおう官公庁から委託されているらしいのでいかがわしくはないんだけど)、なんのためにやってるのかがイマイチ納得出来ないし、町中の多くのひとと関わって個人的なことを聞かないといけない(今時、国勢調査にすら個人情報だとか云って抵抗感を示すひとがいるのに)。
そのうえそこに宗教みたいな変な団体との戦いが絡んできて…。
この話もなんとなーくファンタジックな要素が感じられた。現実っぽくないところとかが。

第5話は「大きな森の小屋での簡単なしごと」。
か、「簡単な仕事」とかついに言い出しちゃいマシタよ。タイトルもなんだか「大草原の小さな家」を彷彿とさせてファンタジーぽい。
とりあえず広ーい公園の中の一地域での仕事ということで、舞台は何となく万博公園あたりをイメージしながら読んだ。
ここでの「仕事」はチケットにミシン目を入れていくという確かにすんごく簡単で地味な仕事。…仕事? って感じだけど。でもそれはどうもサブっぽくて、むしろ期待されているのは小屋周りの地図を作ることや見回りの方らしい。
で、「あやしいことがあったら言ってね」的なことを職場のひとに言われるんだけどそのへんのやりとりがなんかいかにも「(あやしいことが)ありそう」な感じに書かれてて、妙にうさんくさいというか今までの流れからも「また、ちょっと不思議なファンタジックなことがあるのだろうな」と予想させておいて…。

全体的に、冷静に考えてみればそんなに変なことは起こっていないにも関わらず、この本を読み終えた感想として「なんだか不思議な感じの面白いお話を読んだなあ」という気持ちになるのはどうしてでしょう。
5つの仕事はアマゾンの商品説明によれば【津村さんいわく、主人公が「こんな仕事があったらいいな」と思った職場を旅する】らしいが、この中から自分が就く仕事を選べと言われたら…うーん…どれも微妙に嫌な部分があるんだけど、「大きな森の小屋での簡単なしごと」かなあ。
見張りは嫌だし、広告業も客商売なので長く続けるといろいろありそうだし、おかきの袋の仕事は常にアイデアを出していかないとっていうのはまあ仕事となったらやりがいにつながるかもだけどこの無神経そうな社長に加え、食堂で毎日おばちゃんたちと濃厚な会話をしなくちゃいけないのが無理っぽい。主人公は全然苦になっていないようだったが。路地のやつは問題外だし。
でもまあ、どれも変わっててふつうにハロワに行ってもこんな面白そうで条件的に悪くない(ブラック要素がない)楽そうな正社員の仕事なんてまず紹介してもらえないだろう。ある意味うらやましい。ハッ、そうかそこがまず「ファンタジー」だと感じてしまう大きな要因か!
だいたい世の中何も問題が無い仕事なんて無いわけで、タイトルも「この世にたやすい仕事はない」っつってね。

津村さんと云えば長らく会社員と作家の二足のわらじを履いてらしたので、「仕事」のやり方とかについてもしばしば言及があるのだけど、この小説を読んでいてそういう部分がやはり味わい深く、そこは目をじっとやったりして読んだのだけど、要は「仕事と愛憎関係になる」っていうのは良し悪しだと。んでこの主人公はそうなってしまうタイプで、そのせいで14年でバーンアウトしちゃったわけで、相談員さんのアドバイスとして療養期間であるいまはそこまでのめり込むような仕事はおすすめしない、とかいうのがあるわけ。14年って云うとまあ長いんだけど、でも新卒で入社して定年まで勤め上げるひとが少なくない日本の企業においては「入社14年目」って別にまだまだ若めの社員、まあまあ中堅まで育ったかな? くらいの扱いだからなあ。津村さんの仕事がテーマのエッセイで「長く続けるには」的なことが書いてあったけどそこに書かれていたことと「仕事と愛憎関係」は逆の方向を向いているので、つまり「こうなっちゃうとしんどいよ」っていうメッセージなんだろう。

長く続けた前の前の前の仕事を、燃え尽きるようにして辞めてしまったので、あまり仕事に感情移入すべきではないというのは頭ではわかっていたが、仕事に対して一切達成感を持たないということもまた難しい。自分の仕事を喜ばれるのはやはりうれしいし、もっとがんばろう、という気になるのである。

とか書いてあって、確かに後半はその通りという感じなので、前半の「仕事に感情移入すべきではない」というのはどこまで一般的なんだろうという気がする。例えば、津村さんは作家で、作家の仕事に感情移入せずに、っていうのは不可能じゃないのかな? つまりこれはいま療養中の主人公や、ちょっと疲れているひとが対象なのかなあ。それか、頭のどっかでは割り切っとけよ、じゃないとどこかでバーンアウトするぜ、ってことなのかなあ。
…まあ…そのへんは個々で…それぞれの仕事と体力と精神のバランスがしんどくないところで…十人十色、それぞれ自分で考えればいい、ってことかな。ケースバイケースだよね。
ちなみにわたしが「非現実的でいいので、自分がいまやりたい仕事ってどんなのか」を考えたらすんごくドン引かれそうな根暗な感じだったので、ここで詳しく書くのはやめておこうと思うが、仕事内容そのものは、いま現実に就いている仕事とそう遠くないので、まあ良いのではないかと。ただ現実には「人間関係」というのがあって…これが一番、どうにもならないのであって…! そしてそうゆうのってハロワの求人票見てもよっぽどひどくない限りわかんないんじゃないかなあ。

この小説はすごく良かったので、シリーズ化してほしいなあと一瞬思ったけど、主人公が短期間で職をコロコロ変えるにも限度があるし、5話かけてまあまあ立ち直ってきていたので、それは無いか。スピンオフ作品は…あの不思議なあのひとの話は…どうかなあ。不思議なひとを主人公に書かれると魔法が消えちゃうかなあ?

装丁は名久井直子。各話ごとにカラーの絵扉とモノクロの挿し絵(龍神貴之)が入っているのも(これは「お話、物語」ですヨ)っていうのを示唆してるのかなー。