2015/11/05

旅行者の朝食

旅行者の朝食 (文春文庫)
旅行者の朝食 (文春文庫)
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文藝春秋 (2012-09-20)
売り上げランキング: 3,664
kindle版
■米原万里
本書は2002年4月に単行本が上梓され2004年10月文庫化したものの電子書籍版である。
いつのまにか食べものに関する雑文が貯まってはいたが、それを一冊の本にまとめるのには逡巡した。担当者が文藝春秋の藤田淑子さんでなかったら、今も逡巡していたことだろう。瞬く間にあれこれの拙文を音楽形式に見立てて並べ替え、「あと百枚ほど加筆してください」と命じるや、刊行期日を決め、広告を打ち、要するに外堀を埋めてしまった。】ということで、最後の「初出一覧」を見ると1998年~2002年のあいだにあちこちの媒体に載せた食に関するエッセイに「大幅に加筆をしたものと書き下ろし作品で構成されています」とのこと。「文藝春秋」「読売新聞」「小説CLUB」「東海総研MANAGEMENT」「旅」「望星」など。
東海林さだおの文庫解説の文章は別の本にも収録されていてかぶってる。この本の文庫解説は東海林さんだったらしいが、電子書籍版では例によって省かれているからして、うーむ、読みたかった。

他の米原さんの著作と比べてこの本はうんと気を楽にして、リラックスして楽しく読むことができた。
これが美味しいとかどこそこの店が、というグルメエッセイもあるし、食べ物にまつわる言葉のエピソードや、海外で口にした珍しい食べ物の話など。読んでいたらお腹が空く本かもしれない。
米原さんは家系的に食いしん坊が多いのだそうで、書いてある内容からも随分健啖家でいらしたようである。神戸の異人館めぐりをするはずが…の回で召し上がっているその量とかける金額にびっくりしたなあ。ランチで9千円…。

一番興味深く読んだのは「トルコ蜜飴の版図」で、小学生のときプラハに住んでいてロシア人の友だちからもらった「ハルヴァ」が「味しいなんてもんじゃない。こんなうまいお菓子、生まれて初めてだ。たしかにトルコ蜜飴の百倍美味しいが、作り方は同じみたいな気がする。」云々、と書いてあり、いままでの人生でお菓子を食べてこんなに感動したことがわたしにはあっただろうか?などとちょっと考えたりしてしまった(お菓子はだいたい、いつも、美味しいのでどれが抜きんでて、というのは難しいなあ)。
「ハルヴァ」はどこにでも売っているものではなく、ソ連に旅行に行く父親に頼んでもなかなか見つからない。なかなか再会出来ない「あの味」をめぐってあっちで探しては似たものを食べ、こっちで文献をめくって手がかりを探し…という感じ、すごく面白かった。でも文章で読んでいる限り、わたしが好きなお菓子とはちょっとタイプが違うみたいなのであんまりソソられなかった。もし食べたくなったらすごく苦労するのかな。それとも現代ならわりと簡単に入手できちゃうのだろうか。他の章に書いてあったけど「なかなか食べられないものを食べている」というのもスパイスになるようだけれども。

他に面白かったのは本書のタイトルにもなっている「旅行者の朝食」というロシアの言い回し、これを聞いたロシア人はみんな大笑いするんだけど文献などにあたってもその理由がわからない、知り合いにきいても笑っているばかりで教えてくれない、という状態だったのだが、あるときその理由が判明する…。

サンボは虎のバター入りホットケーキをほんとに食べられたのか?」でちびくろサンボの絵本を読んだら最後に虎がぐるぐる回ってバターになっちゃって、それでホットケーキをたくさん食べるシーンがあってこれを読むとホットケーキが食べたくなったものだ、という回想には激しく同意。実際は「バター」でも「ホットケーキ」でも無かったんだというのはちょっとガッカリだなあ。

キャビアをめぐる虚実」のファスナーのくだりにはギョッとさせられたのでそのあとしゃらっと「あれは嘘である。」と書いてあってさらにギョッとした。同じ文章の中で「あれは」とか昔のことみたいに書いて変なの、と思ったけどこれはもしかして後で「大幅に加筆して」の部分なのかな、それならわかる。でも「追記」とか書いて区切ったほうがいいような気も。このエッセイでロシア式サービスとフランス式サービスのことが書いてあって、昔はフランス料理は全部の料理がいっぺんに出されていて、ロシア式は順番に持ってきて冷たいものは冷たいままに、熱い料理は熱いままに食べられたとあって、へえー。初めて知った。いまのフランス料理の出し方はロシア式を取り入れたものなのだそうだ。さすが寒い国、理にかなってるってわけね。

目次を章分けをブッ飛ばして写す。何故ぶっ飛ばすかというとめんどくさいうえにしゃらくさいだけの章分けだからね。
卵が先か、鶏が先か/ウォトカをめぐる二つの謎/旅行者の朝食/キャビアをめぐる虚実/コロンブスのお土産/ジャガイモが根付くまで/トルコ蜜飴の版図/夕食は敵にやれ!/三つの教訓と一つの予想(東海林さだお『ダンゴの丸かじり』解説)/ドラキュラの好物/ハイジが愛飲した山羊の乳/葡萄酒はイエス・キリストの血/物語の中の林檎/サンボは虎のバター入りホットケーキをほんとに食べられたのか?/ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家/狐から逃れた丸パンの口上/「大きな蕪」の食べ方/パンを踏んで地獄に堕ちた娘/キャベツの中から赤ちゃんが/桃太郎の黍団子/『かちかち山の狸汁/『おむすびコロリン』の災難/神戸、胃袋の赴くままに/人類二分法/未知の食べ物/シベリアの鮨/黒川の弁当/冷凍白身魚の鉋屑/キッチンの法則/家庭の平和と地球の平和/日の丸よりも日の丸弁当なのだ/鋭い観察眼/食い気と色気は共存するか/氏か育ちか/無芸大食も芸の内/量と速度の関係/叔父の遺言/あとがき、または著者による言いわけ