2015/11/27

芥川龍之介再読週間⑨

猿

posted with amazlet at 15.11.27
(2012-09-27)
■芥川龍之介
湖南の扇」(大正15年1,2月)
中国の湖南省に行ったときの思い出話。湖南で会った複数の芸者の思い出。斬首された男の最後の血が沁み込んだビスケットをその情婦が食べるシーンがグロテスク。まっすぐに解釈するとすんごく悲しいけど、どうなんだろうねえ。男ってやつは莫迦だなあ。タイトルといい、最後の部分といい、意味深だなあ。

」(大正5年8月)
タイトルや読みはじめに想像していたのと全然違う、重くて深くて難しいテーマを扱った傑作短篇だった。人間には野卑な部分があるが、それを自覚し、なおかつそこで開き直らず真っ直ぐに省みて悔いることの出来る者は実はそんなにいないと思う、しかも若くして。
終盤にこういう記述がある。
あすこでは、囚人に、よく「弾丸運び」と云ふ事をやらせるのです。八尺程の距離を置いた台から台へ、五貫目ばかりの鉄の丸を、繰返へし繰返へし、置き換へさせるのですが、何が苦しいと云つて、あの位、囚人に苦しいものはありますまい。いつか、拝借したドストエフスキイの「死人の家」の中にも、「甲のバケツから、乙のバケツへ水をあけて、その水を又、甲のバケツへあけると云ふやうに、無用な仕事を何度となく反覆させると、その囚人は必自殺する。」――こんな事が、書いてあつたかと思ひます。それを、実際、あすこの囚人はやつてゐるのですから、自殺をするものゝないのが、寧、不思議な位でせう。
いしいひさいち『バイトくん』に、同じ作業を心理実験かなにかでバイトくんがやらされて「ボク、この仕事に一生を捧げます!」とかアピールして学者がキレるというのがあったなぁ…。

毛利先生」(大正7年12月)
若いときって老いとか格好悪いものとかに容赦ないよなあ…という話。昔のことを恥じるこの手の話、いままで読んだ中でも何パターンもあるなあ、芥川にとって気になるテーマだったんだろうな。

」(大正14年4月)
ごく短いエピソード寓話的な? 山肌から、昔会った、断髪で睫毛を全部抜き取っているハーフっぽい娘のことを思い出す。【あたしもこの商売を始めてから、すつかり肌を荒してしまつたもの。】とは穏やかじゃないねえ。

年末の一日」(大正15年1月)
随筆。漱石ファンの新聞記者とお墓参りをする話。向かう電車のなかでの一シーンが気になった。残酷な視点だなあ。

電車は割り合いにこまなかった。K君は外套の襟を立てたまま、この頃先生の短尺を一枚やっと手に入れた話などをしていた。
すると富士前を通り越した頃、電車の中ほどの電球が一つ、偶然抜け落ちてこなごなになった。そこには顔も身なりも悪い二十四五の女が一人、片手に大きい包を持ち、片手に吊り革につかまっていた。電球は床へ落ちる途端に彼女の前髪をかすめたらしかった。彼女は妙な顔をしたなり、電車中の人々を眺めまわした。それは人々の同情を、――少くとも人々の注意だけは惹こうとする顔に違いなかった。が、誰も言い合せたように全然彼女には冷淡だった。僕はK君と話しながら、何か拍子抜けのした彼女の顔に可笑しさよりも寧ろはかなさを感じた。

東京小品
」「下足札」「漱石山房の秋」の3つの随筆。「鏡」はちょっとナルシー入った女性への揶揄。「下足札」は外国人の話なんだけど、うーんよくわからん。「漱石山房の秋」(大正9年)は【漱石山房の秋の夜は、かう云ふ蕭條たるものであつた。】というラスト1行がまとめだが、カメラがずっと追っていく感じで敬愛する先生の御宅の様子を細やかにスケッチしており、そこに書き手の気配がほとんど感じられないところがとても清々しい。

漱石山房の冬」(大正11年12月)
先生と初めて会った大学生のある晩秋の夜、作家になる前に訓戒を受けた夜、先生が亡くなった後奥さんから話を聞いた夜、すべて寒かったという追憶。空気を読まない連れのオチが苦笑。