2015/11/14

芥川龍之介再読週間③

羅生門
羅生門
posted with amazlet at 15.11.14
(2012-09-27)
kindle版
■芥川龍之介
芋粥」(大正5年8月)
これは虐めを書いた小説だよなあ。しかも「ひとは見かけ・風采が大事」というメッセージを誤って受け取りかねない話。わたしはこれを高校の国語の授業で習ったのだがこんなものを教科書に採用した選考委員の良識を疑う。自由意思の読書で各個人で読むのは全然問題ない。強制的に読む気のない生徒にまで読まざるを得ない状況にするのに適切な作品だと思わないだけだ。主人公・五位の生涯の夢をこういうふうに叶えてしまうことへの恐怖に非常に共感できる面白い小説だから。

河童」(昭和2年2月)
「河童の国に行ってしばらく暮らしてきた」という設定だけはメルヘンだが内容は記憶にあったよりも暗かった、違う、内容が暗いんじゃなくて主人公の思考回路が暗いのだった。厭世観で何見ても批判と皮肉。これじゃしんどいよ。

」(大正12年7月)
これは子ども向けの児童文学かなあ。と思ったら初出は「女性改造」だった。ふーん。犬を飼っているうちの子どもなのに、少年は「うちの犬」じゃなかったら「畜生!まだ愚図愚図しているな。これでもか? これでもか?」と砂利を投げつけて追い払おうとするし、少女は「ほんとうに図々しい野良犬ね。」と地団太を踏んでいるのにびっくりした。君たちどういう教育受けてるのって感じ。

仙人」(大正11年3月)
これも面白かったのでオチを覚えていた。でも冒頭に書いてある「皆さん。私は今大阪にいます、ですから大阪の話をしましょう。」は全然覚えていなかった。これ大阪の昔話だったのかあ~。
この話を読むと「仙人」つながりで「杜子春」を読んでおくべきかなと思うが内容はくっきり覚えていていま読みたい気分じゃないのでパス。

」(大正5年3月)
これもある意味「保吉もの」? 自伝的な話かなあ。お父さんの気持ちも能勢君の十代ならではの突っ張りもわかるから、なんとも言えない寂しさを感じる。
「ちゃくい」という言葉が出てきてどうやら「ズルい」的な意味らしいが、これどういう言葉なのかなあ、ググると「方言」だと書いてあるのもあるけど…。

偸盗」(大正6年4月)
「羅生門」の続篇的な話。非倫理でどろどろでぐちゃぐちゃで浮かぶ画像はことごとく血と泥と肉と…。ラストだけ妙に「美しく」してあって変な感じ。こういう話は好きではないのだが、それでも途中で読むのを止めさせないのはスキャンダラスなことに興味をひかれているからか。この話で一番読んでいて苛々したのは猪熊の爺である。こういう意地汚く執着深く欲深い人間を書くのが嫌になるほど巧いなあ。

羅生門」(大正4年9月)
「偸盗」を読んだからにはと思ったがやはり好きじゃないので流し読み。これも学校の教科書に載っていた。最後の1行に関する論争は興味深いよなあ。
同じ(青空文庫)からのデータなのに、「羅生門」だけ表紙が紅のじゃなくて黄緑系でしかもわざわざタイトルが英語表記……なんで?

羅生門の後に」(大正6年5月)
阿蘭陀書房『羅生門』上梓に際して書かれた一文。内容には触れていない。書いたときは学生だったとかそういうこと。漱石に「鼻」を誉められたこともここに書いてある。

」(大正5年1月)
鼻を小さくするための一連の作業がなんとも気持ちよさそうだなあといつ読んでも思うけど実際これを真似たら大火傷だよなあ。