2015/11/12

「保吉もの」 芥川龍之介再読週間②

kindle版
■芥川龍之介
芥川の小説のうち、いわゆる【保吉もの】を集中的に。発表順序など関係なしにアトランダムに読んだ。フルネームは堀川保吉(ほりかわ・やすきち)。
海軍学校で英語を教えているが本業は作家であることなど、芥川龍之介のプロフィールと重なる点があることからモデルは著者自身だと云われている。
タイトル、(発表年月)と記す。

あばばばば」(大正12年11月)
初々しかった若妻が子どもを産んで母親になったら…という視点で描かれた話。ま、昔の女のひとは特に変化が著しかったのか、産む前はよほど社会的に制約が厳しくて「かくあるべき姿」の猫をかぶっていたのか、わからんけどねと思う。男の身勝手な解釈だなあという感想。

十円札」(大正13年8月)
ちょっと昔のことを振り返った話。東京に遊びに行くお金がない、そういうときに尊敬する先輩教師が…。保吉の内心の葛藤がすごく丁寧に描かれていて、わかるなあその気持ち、とうなずきながら読んだ。まあ、個人的には「お金がないのに借金してまで遊びに行くってどうなの」とは思うけど。

早春」(大正14年1月)
話の4分の3は堀川の友人、中村氏と三重子嬢の恋愛(逢引)にまつわる話。というか中村氏が振られた話かな。そして最後の部分で10年後のことが書かれる。だからどうなんだという気がしないでもない。

魚河岸」(大正11年7月)
飲み屋で友人と3人で呑んでいるときに横柄な客が来て…。「鏡花の小説は死んではいない。少くとも東京の魚河岸には、未だにあの通りの事件も起るのである。」と書いてあるところまでは分かるがその後「しかし洋食屋の外へ出た時、保吉の心は沈んでいた。」「妙に陽気にはなれなかった。」とあって難しい。要するに、身分とか地位とかそういうことで態度が変わる人間のことを書いてあるんだと思うんだけど。「保吉の書斎の机の上には、読みかけたロシュフウコオの語録がある」と続くから、これがキイかなとググってみたら「フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー」というのがそうらしく、彼の格言はネット上に上がっているだけでもいくつもあった。

少年」(大正13年4月)
「一、クリスマス」は大人の保吉が乗合自動車の中で遭遇した11歳の少女のあどけなさが車中の笑顔を誘ったエピソード。「二、道の上の秘密」は保吉4歳のときに「大きい教訓」について。「三、死」も4つ頃の話。「四、海」は保吉が5、6歳のときの話。「五、幻燈」は7歳のとき。「六、お母さん」は8歳か9歳のときの話。いずれも驚くほど共感が沸かなかった。

寒さ」(大正13年4月)
海軍学校の教官室で理学士の先生から伝熱作用の話を聞かされる。その数日後、保吉は轢死のすぐあとに行き合い、汽車に轢かれた踏切り番の血が線路の間にたまっているのを目にする…。血の描写が生々しくて、まともに読めなかった。

文章」(大正13年3月)★★
海軍学校で、授業の他にいろいろ雑用を頼まれるが、中に校長がよむ「弔辞」の原稿を作るというのがあった。だけど亡くなったひとのことをほとんど知らない場合は…。「保吉はやむを得ず弔辞に関する芸術的良心を抛擲した。」という文章を読んでその後の展開は容易に想像がついたけど、うん、まあ、「サラリーマン」ってこういうこと腐るほどあるよなあ。すまじきものは宮仕え。ことに芸術家はね。芥川のような繊細な神経のひとはね…。

お時儀」(大正12年9月)★
これは淡い恋の話。毎朝駅で見かけるお嬢さんに思い掛けないところで会ったときに思わず御辞儀をしてしまって、後からくよくよ悩む青年時代の話。知らない者同士だけど顔は覚えている、って現代でも通勤タイムにあるのですごく共感しやすかった。それにしてもこれで「不良少年」と思われる時代って…。「おじぎ」ってこういう漢字でも書くんだなあ。

子供の病気」(大正12年7月)
芥川には長男の比呂志、次男の多加志、三男の也寸志の息子がいたが、その次男がまだ二つ(おむつをしている、と書いてある)のときの病気の顛末。この話の中に知らない青年が「僕は筋肉労働者ですが、C先生から先生に紹介状を貰いましたから」とお金を無心にやってくるのでびっくりした。しかもお金が手元に無かったから本を渡してやると礼も言わずに持って帰るその無礼さ。翌日もまた金を貰いに来る。子どもが病気で入院かというときだったので断っているのに帰ろうとしないのだ。なんという図々しさだろう。「自分はこの時こう云う寄附は今後断然応ずまいと思った。」と書いてあるところを見ると、当時は珍しくないことだったんだろうか。芥川の子どもが小さい頃に亡くなったということは「無い」と知っているから大丈夫だとは思いつつもやはり読んでいて親や親類の者たちの気持ちを考えるだけでも大変そうで、しんみりした。小さい子の病気はかわいそうだし、こわい。

保吉の手帖から」(大正12年4月)★★
いくつかのエピソードで成っている。「わん」は粗野で偉そうな若い海軍の武官(同じ学校の人間)に対する怒りを皮肉で仕上げてある。「西洋人」は珍しく詩を語らない好々爺のタウンゼント氏と、若いスタアレット氏のそれぞれの紹介的なエピソード。「午休み―或空想―」は鶺鴒が保吉を案内したり、ポオリ・ゴオギャンとそっくりな機関兵とすれ違ったり、大砲が息をしたり、蜥蜴が重油に変わったり。テニスをしているのがシャンパンを抜いているのだというのは確かに音が近くて似てるなーって感心した。その後も毛虫が保吉の噂話をしているのを聞いたり、幾何の図が伸びたり縮んだり、…すごくユーモラスで面白い。夢を見てたってことなのかなあ。「恥」は学校で教えている時分に、教科書の下調べをしているところが終わってもまだチャイムが鳴らないという焦りの話。「勇ましい守衛」は海軍学校の几帳面すぎる守衛に保吉が絡む話。

或恋愛小説」(大正13年3月)
これも堀川保吉が雑誌社の主筆と次回作について構想を語るという形になってるから「保吉もの」か。「恋愛至上主義」の話がウケがいいからという主筆のリクエストだったが…。
芥川って肥った女性についての目が厳しいなあ。