2015/10/29

打ちのめされるようなすごい本

打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)
文藝春秋 (2014-12-05)
売り上げランキング: 10
kindle版
■米原万里
本書は著者の没後に出版された書評集で、「第一部 私の読書日記」P19~316と「第二部 書評(1995~2005)」P317~558に分かれている。
電子書籍版では井上ひさしによる「解説」も、丸谷才一による「文庫版のための解説」も、署名索引も著者名索引も省かれている。

書評好きなので、2006年の単行本刊行時はともかく2009年5月の文庫化の際には書店で手に取って目次に目をやったことは覚えている。そしてざっと見る限り、自分の読書守備範囲とは「あまりにも違うなあ…」ということで、購入を見送ったのだった。

今回kindle版で『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を読んで感銘を受けた直後に1日限定セール対象になっていたので「なんという好機」と購入、まだざっくりナナメ読んだだけの感想だが、大変な読書家であることは間違いない。ただ、数少ない自分が既読の作品に対する書評を読んだ限りでは「米原さんならでは」という特筆すべき視点というようなことは特に無く、素直にその本が面白かったんだということを真っ直ぐに書いてある感じだ。たまーにチクリとやったりするが、総じて穏やか。ちょっと笑い過ぎかな(「腹筋が痛むほど笑い転げる本」が多いケド実際そうでもないゾ)。

『嘘つきアーニャ』でも本書でも言及されていたが、ソビエト学校で「物を読んでその内容を他人にわかりやすく要約して話す」訓練を積んでおられた成果として、本の内容をかいつまんで紹介するのはお手の物なんだろうなと思う。
つまりこの本が凄いのはその取り上げられている対象書籍の量の多さと質の高さ。

その本を未読の人間でも米原さんがわかりやすくまとめてくれているので(そして関連書籍はだいたい芋蔓式に紹介されている為)、「なんだかちょっとわかったような」気になれること、少なくとも自分は「このことを知らなかったんだな」と気付いてスタート地点には立てることである。

執筆当時の海外紛争に関連した書籍が多く、当時の小泉政権、米国ブッシュ大統領の愚挙、ロシアの政局への批判が散見する。
丸谷才一の作品を褒めているが、あまりにも褒めちぎるので逆に「これは冷静な評価というより単純にファンなのか、文壇の重鎮へのオベッカなのか」という気がしてきたが、丸谷才一の著作を読んで判断するしか無く、「打ちのめされるようなすごい小説」とまで言わせた『笹まくら』のアラスジには全然興味が湧かないし、電子書籍化もされていないし、近所の小さい書店には置いていないし、とりあえず丸谷才一の他の本を電子書籍で見つけたのでそれを後で読むことにする。
内田洋子さんのエッセイの解説を書かれていたイタリア語同時通訳者の田丸公美子さんとの出会い、意気投合したことが紹介されていて「おっ」。確かにこのお二人は話が合いそうだなあ。
米原さんの著作を読んでいて遣われる言葉が興味深いなと思っていたがソビエト学校から帰国した十代半ばに日本の中世、近世、近代文学を片っ端から読破したと書いてあり(具体的に書名が挙げられているのは『今昔物語』『出雲風土記』、与謝野晶子訳の『源氏物語』、滝沢馬琴『南総里見八犬伝』、川端康成『伊豆の踊子』、井原西鶴『好色一代男』、田山花袋『布団』など)読書で培った素養が大きいのかなと思った。
日本の教科書は列挙式というか、文学史は著者と代表作と年代を丸覚えさせるような教育方法だがソビエトの教科書はもっと面白くてみんな入手したらすぐ最初から最後まで読んでしまうそうで、その方式でいくと文学史の学習は実際に作品を順を追って読むことになるわけである。でもこれは誰にでも出来る芸当じゃないよなあ。

本書には癌だとわかってから文字通りすがるようにして読んだそれ関係の本についても書かれているが、いつもの得意分野の書籍での明晰さが嘘のように感情的主観的で、こちらが首を傾げるような怪しげな説にもご自分の「放射線治療も抗癌剤治療も開腹手術もしたくない」という意見を裏打ちしてくれるものなら信じ(ようとしてい)ている(その気持ちが容易に想像・共感できるだけにつらい)。セカンドオピニオンを否定するような医者は問題外だが、複数の主治医にすすめられる治療法を拒み続けるのはどうなんだろうなあ、実際それで現在もお元気なら説得力があるけど…10年前に書かれたものだけど、現在の医療ではどうなんだろう、でも実際自分がそうなったらこういうふうに希望が見えるものにすがりたくなる気持ちはすごくわかる、いろいろ本を読んで医者にあれこれ言ってしまいたくなるのも、そしてそういう患者が医者に疎まれるというのも。米原さんほどの方でも、こうなるのかと愕然とする。怖い。おそろしい。

目次は写すとなると大変な量になるので第一部だけ、第二部は省略させていただく。ただ、第二部は1つ1つの書評が短く、目次に書名があっても触れられているのは2,3行ということも少なくないことをご留意されたし。第一部のほうが圧倒的に面白い。
第一部目次
新居の猫と待望の和露辞典/記憶力・日本語・日本の女たち/百年の恋が冷める時/面白すぎる「自分史」と毛嫌いのスターリン本/一年半ぶりのロシアにて/退屈な教科書と大江づく日々/小咄・文章術・抑留者/民族・中央アジア・世界史辞典/13階段、「テロリスト」とアフガニスタンの日本人/アフガニスタン・ハンガリー人・猪谷六合雄/打ちのめされるようなすごい小説/文学部の病いとジャガイモの受容史/ベリヤはいまだ藪の中/サッカーの光と陰/命がけの二枚舌/「自動忘却装置」考/まるで漫画のカルト国家と日本外交/テロとブッシュと小泉改革に憂い顔/「ゲン!」と同一性/脱帽の三冊/一神教・レオタード・朴甲東/戦争の作劇術、ボローニャ方式と読書家スターリン/スロベニア今昔と浅草スタイル/日露領土問題、昭和史のおんなとソクラテスの日常生活/魏志倭人伝・サイゴンの南洋学院・ホロコーストと健康志向/見たくない思想的現実と旧態依然の刑法、昭和文学が読みたくなる座談会/身内の反乱者/憂鬱な先端にユニークな恋愛小説/世界を不安定にする最大の脅威/占領下の怪事件と小説の細部/自己責任・創価学会・ラスプーチン/戦争犯罪・割れ窓理論・犬の科学/農と食はホラーに満ちている/世界から忘れ去られたチェチェンという地獄/巨大化するメディアと個人の良心/犯罪賠償と女性蔑視発言/癌は感謝すべき血液浄化装置!?/戦争の本能・物語の型・作家の収入/獄中記・中央ユーラシア・ペットの博識/霊柩車の考察、ミイラの研究/建築の歴史・中国の奇譚・二〇五〇年の日本/下山事件、象徴天皇制と天孫降臨/奇蹟の政治家マサリクの思想/情報分析官・ドストエフスキー・孤高の日本/翻訳者と作品の幸運な出会い/癌治療本をわが身を以て検証/同 その二/同 その三