2015/10/21

嘘つきアーニャの真っ赤な真実

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)
KADOKAWA / 角川学芸出版 (2012-09-01)
売り上げランキング: 368
kindle版
■米原万里
本書は、角川書店から2001年6月に単行本刊、2004年6月に同文庫化したものの電子書籍版である。
米原さんのエッセイは大昔に『不実な美女か貞淑な醜女か』を新潮文庫(1998年1月刊)でロシア語の同時通訳者ならではの各国政治家のスリル満点のエピソードを興味深く読んだことがあるくらいだった。
面白かったのに、何故他の著作をいままで読まないできたのかというとひとえにわたしの不徳の致すところ……なのだが、もうちょっと突っ込んで考えてみると、米原さんがロシア語がご専門だから――ということに尽きるだろう。早い話、ロシア(昔のソ連)や東や社会主義、共産国の文化や出来事にあまり興味を持っていないからだ。もし米原さんが英語の同時通訳者だったなら、わたしはもっと彼女の著作に手を伸ばしていただろう。

本書は大きく3つの話に分かれるが、どれも米原さんが1960年~1964年、9歳から14歳までの少女時代に通った在プラハ・ソビエト学校での体験とそこで仲良くなった3人の少女それぞれの昔話と現代で再会したときのエピソードが描かれている。

学校時代は親友のように仲良かったが帰国してしばらくは手紙のやりとりをしたものの米原さん自身が日本の生活で忙しくなったこと(受験勉強が主な理由)や、相手が政治情勢の変化(1968年のプラハの春など)で転居したりなんだりで交流が途絶えたり、音信不通になっていたのが「なんで急に探し出して会おうとすることになったのかなあ」というのは本書を読んでいて明確に納得できる理由が書かれていなかったのだが、さきほどアマゾンのレビューの中に【もともとはNHK衛星第二テレビジョンの『世界・わが心の旅 プラハ 4つの国の同級生』という1996年のドキュメンタリー番組に基づいて書かれた本なので】というコメントを寄せられている方があり、霧が晴れたように思えた。
3篇目を読んでいるときに「3人ともなんてドラマチックな劇的な再会、やけに起承転結っぽいというか展開が整っているなあ」と感じたのは番組構成の影響なんだろうか()。あと、町の人がやけに積極的に協力的なのもこれで納得(テレビカメラがあるのと無いのとでは微妙に違う気がする)。きっと素晴らしい番組だったんだろう。というか、「テレビ番組」というフィルターがかかると嘘っぽく感じてしまいがちだけど彼女たち3人はそれぞれ実在の人物で、実際の、本当の人生なんだもんなあ。日本にいるとニュースで出てきたときくらいしか考えないけどあのへんの歴史というか戦争というか国・民族・宗教の複雑に絡んだ軋轢をモロに受けた3人なのである。

いきなりそれぞれの波乱を語られても他人事だったろうが、ベースに中学生くらいのときのそれぞれのキャラクターがきっちり描かれていてそれぞれの女の子がリアルにイメージ出来ているから、それが1996年時点(ざっくり46歳)でどうしているか、少女時代から中年のいまに至るまでどうしていたか、は「知っている個人」のこととして読める。

勉強はてんでダメだけど、美男でモテるお兄さんがいる影響で思春期のみんなが興味がある「男女のあれこれ」を教えてくれたり「イイ男の見極め方」を教えてくれるギリシア人のリッツァ。彼女自身はギリシアに住んだことはないのに、彼の地の「青い空」はいつも彼女の自慢だった。あれだけ勉強嫌いだった彼女が後に医学部を卒業し、町のみんなに頼りにされている超繁盛している多忙なお医者さんになっているとは! 
特権階級で豪邸に住んでいるけど何故かよく嘘をつく、でも憎めないキャラのルーマニア人のアーニャ。この家は親、兄弟によって生き方も考え方も随分違ってしまったんだなあ。マリが友人のアーニャではなくお兄さんの考え方にシンパシーを感じつつ、どこまで反論するか自分を調整しながら会話するところが胸に詰まった。最後まで読めば、アーニャの「嘘」が何故だったのかがわかり、切なくなる。
いつもクールで大人びていて成績も抜群の優等生、ユーゴスラビア人のヤスミンカ。彼女は絵に素晴らしい才能を持っていて、日本の北斎を神とあがめていた。そんな彼女が芸術家ではなく廻りまわってマリと同業の通訳者になった経緯や、「優等生だった理由」が判明する。なんていうか月並みな言葉しか出て来ないけど運命に翻弄されたっていうか、国とか宗教とかそういうどうしようもないことに振り回されて気の毒すぎる。

ソ連、ロシアという「国」で考えると「冷酷非情」というイメージがどうしても付きまとうのだが、本書で描かれる幼いマリが学んだソビエト学校の級友や先生方はみなあたたかくて公平で素晴らしいかたが多くて、意外な感じがした。後で、在プラハ・ソビエト学校自体が一種の特権階級だったという意見も出てきたけど…。あと、友達どうしのつきあいだけじゃなくてそのご両親が再会しにいったときに「日本人のマリ」をよく覚えていて歓迎してくださるのも少女時代のつきあいの深さを思わせた。この3人はいずれもソビエトを母国としていない、という共感もあるのだろうか。
リッッアは子ども時代はどうかなと思ったけど良い大人になったなあという感じ、ヤスミンカは逆に少女時代がカッコイイ憧れの少女という感じだった(大人になってからも精神的に落ちぶれていなくてほっとした)。
一番馴染みにくい感じがしたのはアーニャかなあ。子ども時代はともかく、46歳になっても自分の立場と周囲のことがきちんと理解できていない特権階級で、「あえてわかろうとする努力を放棄している」感じがリアルな分、共感しにくかった。
まあなにより3人共に愛されたマリこと米原万里さんがいちばんチャーミングなことは云うまでもないでしょうね。

※追記
後で検索したらユーチューブで件のテレビ番組を観ることが出来たが、構成どころか結論まで全然別物だった。映像で景色や人物が観られたのは良かったが。米原さんの伝えたかったことと、NHK番組スタッフの考え方が違ったっていうことかなあ。このへんのことは現在読書中『心臓に毛が生えている理由』の中の「『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を書いた理由」などに詳しい。