2015/10/20

わたしの台所

わたしの台所 (光文社文庫)
光文社 (2014-09-26)
売り上げランキング: 3,211
kindle版
■沢村貞子
本書は1981(昭和56)年に暮しの手帖社から上梓された。紙の本だと2006年6月光文社文庫刊がある。今回はそれをベースとした電子書籍版で読んだ。
沢村貞子さんは1908(明治41)年11月11日生まれで1996(平成8)年8月16日没。
1981年当時は73歳くらいということか。
本文中でもしばしば「明治生まれ」や「古稀」を過ぎてるんだと書かれている。折に触れ、ひとに言ってしまうと。そのココロは、若い人には肌の美しさなどどうしてもかなわないから、せめて「70歳を過ぎているにしてはきれいだ」「その年にはとても見えませんね」と云われたいからだ、とあり、うーんなるほどねーと。

本書は73歳にしていまだ現役女優(兼業主婦)であられた沢村さんの日々の食事や家の掃除のことなど、ごく身の回りの出来事や家事について書かれたエッセイ集である。女優業ならでは、という記述はあんまりなくて、すごく身近な感じ、人生の先輩としてのたしなみや生活の知恵をていねいに教えてもらっている感じがする。とても参考になる。
梅酒のつけかた、ぬかづけの作り方から保管方法、白菜漬けのつくりかた、大豆やひじきを使った常備菜のレシピ。指でそっとさわってほこりがあったらその場ではたきを取ってきて掃除、汚れが目についたらそのときにちゃっちゃと雑巾で拭いておく、そうすれば大掃除と構えなくてもいつも家はきもちよく清々しい…。

本書でよく登場して、なおかつ今まであんまり見かけない表現だなと印象に残ったのは
①「ひきずり(にならないように、という母親の教え)」
→初めてこの表現を見たのは大和和紀『はいからさんが通る』の「おひきずりさん」。
着物を長めに着るのは一家の主婦として炊事・洗濯・掃除などをして立ち働くときには向かない。つまり、恰好ばっかりに気を取られて家のことを疎かにするような人間にはならないでくれという、明治生まれの沢村さんのさらにお母様の教えだから、いまの多様化した女性の生き方にはそのまま当てはめられないだろうけれど…。

②「いまは総中流社会らしいから」
→わざわざ傍点を振ったりしていて、著者はそうは思っていない、あるいはそこはかとない皮肉を感じる。「一億総中流社会」って昔聞いたなあ、バブル後は聞かなくなったような? と思ってググってみたらウィキペディアにちゃんと載っていた。内閣府の「国民生活に関する世論調査」で、生活の程度に対する回答比率が昭和45年以降は約9割が「中流」になったそうで。バブル崩壊後も、リーマン・ショック後もその割合に大きな変更は見られないんだそうだ。ちなみに「中流」がどの程度かは明確な定義などは無くて、回答者の感覚に任せられているらしい。ふーん。「総資産○円以上が中流」だとか決めちゃった場合にどうなるかちょっと興味があるなあ。

昭和56年に出版されたこのエッセイで既に沢村さんが「子どもに全部そそぎこみ、老後は子どもに頼るというのはいかがなものか」と問題提起し、「親は親で自分の老後自立するために資金を取っておくべきだ」という趣旨のことを書いておられるので凄いなあと思ったが、友人に話したらあっさり「それはあなたに子どもがいないから言えることであって、子どもから離れるなんて簡単には出来ない」と云われてしまったとか…まあ、そりゃそうだろうなあ。平成も27年まできたけど、こういう意識にはあまり変化がないように思う。
他にも「この考え方って昔に書かれたにしては今も通用するな」っていうのがけっこうあった。

わたしは女優とか俳優さんのことを知らないので沢村貞子というひとについても名前は知っているけど、くらいのレベルだったのだがウィキペディア読んだだけでも波乱万丈で、もっと若いときに書かれたものがあれば読んでみたいと思ったが、最初の著作で1969年(61歳)だからなあ。
そうそう、本書の中で黒柳徹子さんとの交流が描かれるところがあり、びっくりした。以前読んだ杏さんのエッセイにも出てきたっけ。本当に世代を越えて愛されているというか、素晴らしいひとなんだなあ。