2015/06/27

他流試合 【再読】

他流試合―兜太・せいこうの新俳句鑑賞
金子 兜太 いとう せいこう
新潮社
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■金子兜太&いとうせいこう
2001年刊。前回読んだのはもっと最近かと思っていたのだが調べたら2005年で10年も前なのだった。わあ。
本書は「伊藤園新俳句大賞」の審査員をしていたいとうせいこうと2015年現在も審査員を続けている俳人の金子先生の対談形式の本で、同賞に寄せられた印象的な句、特徴的な句を具体例にしながら俳句について語り合うスタイルの本である。

最近又吉さんと堀本先生の同じように俳句について対談形式の本(『芸人と俳人』を読んだので続けて読み直してみたらあまりにも温度差があってクラクラしたので他の本を読んで数日開けてから毎日眠る前に少しずつ読んだ(中盤まではかなり真面目に読んだけど中盤くらいからダレて後半は正直流し読み)。
だってこのふたりの会話って持って回っているというか結論をいとうさんのほうが金子先生の顔色を読みながら探り探り喋っているんじゃないかと疑ってしまうくらい冗長なんだもの。

伊藤園新俳句大賞についてこの本には概要など載っていないのでインターネットのホームページを見てみたら第1回は平成元年だそうで、いま平成27年だから27回ということだ。ふーん。
第1回の一般の部の大賞は【白菜がまじめに笑って立春です】で、この本の最初はこの句についての解釈というのか評論というのか対談ではじまる。

又吉さんの本がすごく初心者向けの一般向けの内容だったんだな、ということがこの本を読んでいるとしみじみわかる、いやこれも専門家じゃないいとうさん相手にしている講釈だから先生としては随分噛み砕いてくださっているんだろうけどでも生徒がいとうせいこうっていうインテリで小説とか書いてる散文ではプロのひとだからね…。踏込がなかなかマニアックなのだ。
それでも読んでいくと又吉さんの本で堀本先生が挙げていたのと同じ俳句を基に金子先生が話されるところが2句もあり、そこはもう基本ってことなんだなと思ったり。
前回はアミニズムの説明が本文でちゃんと書いてあるのを読み飛ばしてしまっていて「アミニズムって何?」とか感想に書いてしまっていて、赤面。
金子先生は季語にそんなにこだわらなかったり、でも切れ字はやっぱり大事みたいだったり、そもそも俳句がいまみたいに「季語が無ければ」みたいなこと言われ出したのなんて俳句の歴史の中ではわりと最近だよみたいな話があったり、口語で俳句作ると川柳ぽくなるけどそもそも俳句と川柳の区別が非常にしにくくなってきているとか興味深く読んだ。あと、「新俳句」という「新」という言い方が実はもう全然ダメというか俳句やってるひとたちからは不評だったとかのくだりが面白かったなあ。「新」って言ってるけど全然新しくないよそれ、って感じだったみたい。

しかしこういう本を読んで俳句をやってみたいなと思っても実際問題全然浮かばない。浮かんでもお話にならないくらいヘタクソだということが作った瞬間に自分でわかってしまうレベル。あるいは川柳(しかも下手な)になっちゃう。
この本で例に挙げられているのはなんらかの賞の対象になった句がほとんどだから当然だけど変わってたり上手かったり、すごい。まあ、ちゃんと作りたいならもっと真剣にやらないとダメなんでしょうけどね。でも短歌と俳句だったら俳句のほうが自分には向いているような気がする、どっちの本も読むのが好きで、どっちかっていうと短歌の本の方がよく読んでいるんだけど、なんていうかあの感情を込める感じが向いていないかなあと。
金子先生の流派とぴったり合うとかいうわけでもないのでよくわからないところもあったけど、まあこういうふうに作品についてあれこれ話をするというそのこと自体が好きなので、まあまたいずれ中盤以降もちゃんと読まないとね。