2015/06/21

プラナリア

プラナリア (文春文庫)
プラナリア (文春文庫)
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文藝春秋 (2012-09-20)
売り上げランキング: 8,530
kindle版
■山本文緒
本書は2000年10月単行本刊、2005年9月文庫化の電子書籍版。
2001年第124回直木賞受賞作品集。
収録作品:プラナリア / ネイキッド / どこかでないここ / 囚われ人のジレンマ / あいあるあした

「プラナリア」でネット検索すると茶色くて茸に似たナメクジのような生き物の写真が出てきて正視できずにあわてて小説のほうの検索に飛んだ。
本書の短篇5作に登場する主人公はみな違うひとだけど、「規則正しい生活をして仕事にやりがいがあって、私生活もエンジョイしている」みたいなのは一人もいない。共感しなかったし、どちらかというと関わり合いになりたくないタイプばかりだった。でもすごくリアルというか、順を追ってきちんとそのひとが表現されているというか、理解が出来ていくように書いてある。絵空事と感じない。だから余計に「あーこういうひと嫌!」「なんでこのひとは…」とか不愉快になったり眉間に皺が寄る感じで、しかも短編だからわりと途中で「ほいっ」って放り出される感じで「小説」としては区切られてしまうからついつい「このあとこのひとはどうすんのかな」とか考えてしまったりして、うーんウマいね~。山本文緒ってやっぱりそういう感じのを書くのが得意な作家さんなのかなー。

プラナリア
若いのに乳がんになってしまって、手術は成功して後は定期的に病院に通っている25歳の女の子が主人公。仕事をするでもなく何をするでもなくふらふらしていてたまに飲み会などに行くと「わたし乳がんで…」という話をしてまわりの空気を凍らせるので親とか彼氏からうんざりされている。両親には愛されて育ったのに、母親に「あんたが私に食うだけ食わせて肥満にしたから、がんにもなったんだ」と言い放つような性格。わー。そんでまた好意でアルバイトを紹介されたのにちょっと嫌なことがあったからって無断欠勤してすぐに辞めちゃう。
主人公側の視点で丁寧に書いてあるからどういう思考回路でそういう言動になり、しかも反省したりしていることもわかるから「まあこのひとも苦しいんだな」と思わないでもないけど、やー、このひとこの後の人生どうするんだろうね。ずっと誰かや病気のせいにしてふらふら寄生して生きてくのかね。
この小説のラストが出口はどっちですかという主人公の問いに【アルバイトらしい店員の女の子はちょっといやな顔をしてから、遥か遠くの方を指差した。】なので、まー……作者も容赦なく突き放したもんだなあ。

ネイキッド
二年前、夫から一方的に離婚を言い渡されて、夫の会社で働いていた私は自動的に職も失った。】という36歳の女性が主人公。このひとは学生時代から真面目に頑張ってきたひとで、いかに「有意義」に時間をつかうかに気を配り、勉強も、仕事もテキパキとこなしてきた。【働くことが好きで、怠けることが嫌いだった。】と。だが離婚前に夫から【さもしい生き方】といままでの生き方を全否定されてしまう。
この主人公は読んでて嫌悪感とかは無くて、どっちかっていうとこの「夫」側にも大いに問題があるなと思うんだけど、でも男の人がこういう展開で妻にこういうふうにされたら逃げたくなるというのもなんとなく想像は出来て、どっちが悪いとかそういう問題じゃなくてあー難しいなあ、と思う。
「どうしたらよかったのか」とかそういう「答え」が書いてある話ではないので、ただこのひとの人生のある時期の心理状態とか起こったこととかがこれも丁寧に書いてあるので状況がすうっと飲み込める、で、彼女には是非立ち直って元気になって欲しいと願ってしまう、最後このひとが泣けたことでスッキリ出来たんだったら良いんだけどなあ。

どこかではないここ
大学生と高校生の娘がいる43歳の主婦が主人公。結婚して21年。夫婦仲も良好。ただ、数年前に夫がリストラに遭い、収入が大幅に減ってしまったのでいままで暇な専業主婦だった主人公が夜間のパートに出たり、夫のお弁当を作ったり、お金の心配をしなくてはならなくなった。年老いた両親のうち父親だけ事故で亡くなってしまい、愚痴っぽくなった母親に毎日会いに行かなくてはいけない。そして一番の悩みは娘がたびたび家に帰ってこなくなったこと。
大変だなあと読んでいるだけでしんどくなるが、電車の運賃をごまかすのとかそういうこと平気で出来てしまうこのひとの神経を疑う。娘に「私、お母さんみたいになりたくない。」「お母さんの生き方が嫌いなの。」とこれも全否定されるのだが、恐ろしいのがそのあとの彼女の思考だ。
今流行りのプチ家出というやつだと思っていたのに、そんなにしっかり独立計画を立てていたなんて。高校を卒業させてほしいなんて言うくらいだから、本当に一刻も早く自立したいんだなと思った。こんなことを考えてはいけないが、まだ中退を選んでくれた方がよかった気がする。そうすれば「大検に受かるまで」とか「仕事が見つかるまで」とか言って、もう少し娘をここへ引き留めておけたかもしれない。
うわああああ。怖いよう!
ベストをつくしてきたつもりだったのに」ってこのひと全然自分が異常だって気付いていないんだ、でもこういう面が多少なりともある親っていまいっぱいいそうだよね…子離れしていない親がすんごくリアル。

囚われ人のジレンマ
仕事をしている25歳の女性が主人公。彼女の恋人は一つ年上だがまだ大学院の博士課程。付き合い始めて7年になる。そんな彼がある日突然プロポーズしてきた。まだ自分で働いておらずアルバイトもしておらず親がかりで生きている彼のどの口がプロポーズと言えるのかと戸惑う主人公。その戸惑いとか思考回路を丁寧に描いてある。ふたりとも心理学関係の勉強をしてきたこともあって、分析も絡めてある。それだけなら別に二人の問題だし納得いくようにすればいいと思うのだけど全然ついていけないのがこの女性の節操のなさ。妻子ある仕事がらみのデザイナーの男と不倫をしているし、気晴らしに行ったコンパで会った男ともホテルに行ったりしている。ついていけないなあ。
この小説でちょっとそうだなと思ったのは【損の種をまいているのは、往々にして自分なんじゃないかな。】という分析、うーんそれって真理かも、気を付けて生きねば。そしてこの頭でっかちの学生彼氏が言い放つ、
君はその辺の頭の悪い女と同じじゃないか。もし僕と美都の性別が逆だったらどうだ? 男だとフルタイムで働いて、女房子供を養えなきゃ結婚する権利がないのか? 金を稼ぐ人間だけがそんなに偉いのか? うちの教授みたいに、くだらない啓発本でも書いて稼げば美都は俺を尊敬するのか?
というセリフが実に興味深い、面白い。正論だよねー。でも正論だけで女は口説けないと思うよー。この美都ちゃんはそんな甲斐性ないみたいだよー。親にも養ってもらってきたし、結婚してからも庇護されたいんだって。
お互いが「どうすれば自分は得をするか」しか考えていない二人。「囚人のジレンマ」とはなんとも皮肉な冷静なタイトルだなあ。

あいあるあした
この話だけ男性主人公。脱サラして居酒屋をしている36歳(最後の方で明かされる)の男性。店の常連客の女性のひとりと深い仲になっている(というか成り行きで家に転げ込まれた形)。
妻子はいないのかなと思っていたら後半で若いころに結婚して短い期間で離婚し、11歳の一人娘がいることが判明する。家族のためにと仕事命でバリバリ働きまくっていたらそれをさびしく思ったのか妻が浮気し、別れてほしいといわれてしまったのだ。それでプツンと切れてしまい仕事も辞め、どこか捨て鉢のように生きている男の唯一の弱点であり宝物がふだんは一緒に暮らせていない娘、っていうのは『恋愛中毒』でも出てきたなあ。やっぱりこれは特別な感じになっちゃうんだろうなあ。息子だったら同じように大事なんだろうけどまた少し違うんだろうなあ。でも娘に夢を見すぎだよ…。
このひとは、奔放に生きる女性、すみ江とうまくやっていくことで人生のいろんな価値観とかが少しずつ変わっていく、ようなことが暗示されている。明るい明日が見えて、小説としては巧いと思うがリアルに考えたら何もかもが危うく見えて娘さんにはお母さんについていくことを勧めたい。