2015/06/20

恋愛中毒

恋愛中毒 角川文庫
恋愛中毒 角川文庫
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KADOKAWA / 角川書店 (2012-10-01)
売り上げランキング: 4,957
kindle版
■山本文緒
本書の単行本は1998年11月刊で、これはその文庫版の電子書籍版(解説は省略されている)。1999年第20回吉川英治文学新人賞受賞作。
単行本が出た当時、「本の雑誌」で北上次郎が絶賛していたのを覚えている。ただ、わたしは恋愛小説が苦手なのである。『恋愛中毒』というタイトルなんだからとびきり濃厚で重たい「恋愛」であろう、しかもすんごく色っぽい表紙で、あー全然向いてない話だろうなと思った。その後もこの小説は売れ続け評判が良さそうだったので気にはなったが敬遠していた。
それから20年近く経ち、このあいだ伊藤理佐と山本文緒の共著『ひとり上手な結婚』(エッセイ)を読み、ラジオでちらりと聞いた「紙婚式」もそのトーンがずっと残っているしやっぱり山本文緒は気になる、相変わらず恋愛小説は苦手だがこのひとの代表作くらいは読んでおきたいと思った。kindleが良いのは「サンプル」を無料ダウンロードして最初の十数ページを試しに読んでみることが出来ること。文章がどうしても肌に合わない場合などはこれで切れる。山本文緒のこれはそうではなかった。「続きを読んでみたい」と思えた。

最初に「introduction」としてあり若い男性の視点で別れ話がこじれて相手の女性に会社まで乗り込んでこられて…という話ではじまる。ニュースなどをみていると恋愛話がこじれた場合最悪は殺人事件にまでひとは至ることがある、と毎日知らされている気がする。殺すまでいかなくても相手に執着し、つきまとったりして迷惑をかけて「好き」という気持ちがドロドロになって行ってしまうことがある。で、この小説のタイトルが『恋愛中毒』。やはりそういう話か、と腹をくくって続きを読んだ。

この話の主人公は現時点では老眼鏡をかける年齢になった水無月という事務職の女性である。離婚歴がある。
彼女の、離婚してしばらくしてお弁当屋さんでアルバイトをしていたところから本編がスタートする。
離婚歴があるというからその結婚にまつわる恋愛がメインなのかと思ったらそうではなくて、新しく出会うある人物との「恋愛」がメインの話だった。なぜいま「恋愛」をカッコに入れて括ったかというとわたしはこの水無月さんと相手の創路の間に起ったいろいろなことを恋愛とストレートに呼ぶのにいささかの抵抗を覚えるからである。これが恋愛、かなあ、まあ、イロコイ沙汰ではあるよなあ、2人の人間が出会って少なからず好感を持ち合い身体の関係を持つことをすべて恋愛というのならまあそうだろう。
でも水無月さんのこれって恋愛感情もあるけどそれよりももっと強い別の感情が伴ってはいないか…?

読んでいて、これほど共感し難い、好感を持てない(というかはっきり言って苦手な)主人公も珍しかった。彼女の考えていることがものすごく丁寧に描かれているから「こうで、こうで、こうだからこのひとはこう考えてこういう行動をしている」というのを追いかけていくのになんの負担もかからず、すっと読めるのだがそれに対して「なんでそんなことするのかな」と疑問を感じたり「こういう状況だったらわたしは絶対にそうはしないよなあ」と感じてばかりだった。「恋愛小説」の主人公ってこういう感じか、恋愛体質のひとってこうなのか、だからわたしと違って当然なのかもねとも思った。そうやって違和感を感じつつも消極的で小市民的な女性の生活を丁寧にたどっていくこの話は非常にうまくて面白くて、そんななかで「自分のことをしていろ」と言われてライバルの店の前に張り込んで彼女がとった行動を読んだときに初めてちょっとギョッとなった。びっくりした。あれっ、このひとこういう面があるんだ。普段はこれ隠してるんだなあ。

中盤くらいまで読んだ時点で「悪くはないけど、やっぱり恋愛小説って合わないなあ、この話のなかのひとの恋愛に全然気持ちが共鳴しないし乗らないからいつまでたっても他人事だなあ」とか考えた、ただ懇切丁寧に築き上げられたこの城を途中で離れるのは逆に意識の中に留まり続ける結果にしかならないからとにかく作者が最後のけりをつけるまで読み切ってしまおう、「早く読み終わりたいなあ」という気持ちで読み続けていた。

ところがこの小説の肝は終盤にあったのである。
ある時点から主人公が思いもよらない行動に出、それは思えばあの「ギョッ」とさせられた時点で見せていた一面だったのだが、そこから怒涛のごとく話が急展開する。もはやこれは「恋愛小説」ではない。
なんだこれは!
凄い!
驚愕しつつ息を詰めるようにして読み、そして最終部、息を整えるようにして最後まで追い、しばらく茫然とした。そして冒頭のイントロダクションからの水無月さんを回想した。あれも、これも、そうか、そうだったのか…。
だからこの小説って絶賛されたんだなあ、山本文緒ってこんなの書くひとだったんだなあ、すごいなあ、と感嘆した。
こんな小説の感想なんてどう書けばいいんだろう、ネタバレせずにこの感情を表現するなんて無理だと思った。『恋愛中毒』とは本当に付けも付けたり、よく言うよ、巧いなあ、やられたなあ。この話の主人公に「共感」出来なくてある意味「正解」だったんだなあ……。

1998年に出版された小説であれだけ評判になったのだからこういうジャンルに抵抗のない方はとっくの昔に既読であられるだろう。避けてきたわたしは今頃読んで今頃びっくりしてひとりで昂った感情を持て余してわたわたしている。
水無月さんは、どうしてこういう「恋愛」をするのか、両親のこと、とくに母親との軋轢について書いてあったが正直この程度で人間どうこうなるのなら世の中無茶苦茶になっていると思う、お母さんはそれほど異常とは思えない。良いとは全然思わないけど、特に女性にはよくいるタイプじゃないか。仕事にかまけて子どものことは放ったらかしという父親も特にこの世代の親なら珍しくない。
結婚していた夫の良くないところは確かに自分がこういうふうにされたら「嫌だなあ」と強く思うがでもそこからそうなるのは水無月さんがおかしい。
結婚する前にある人物がしたことで水無月さんがとった行動もわからないでもないけどやっぱり異常だ。
だから「誰かのせい」じゃないと思うんだよね。
でも水無月さんは必死で生きてきたんだよね。「親のせいで」「夫のせいで」誰かが自分にしたことは自分を非常に傷つけた、「だから」「でも」生き延びるために自分はこうしたらいいんじゃないか、今度こそ、とがんばってきたんだよね。
神様に祈るのではなく、自分に言い聞かせるようにして。キャッチコピーのように帯に書いてあった「どうか、どうか、私。」ってこういう意味だったのか――。

恋愛小説なんだろうけれど、サスペンスというか、うん。
水無月さんがしあわせに平穏にその後の人生を送れることを心から祈る。

↓印象的だった単行本の表紙。文庫版の表紙は毒気抜けすぎですな。

恋愛中毒
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山本 文緒
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