2015/06/16

路 [ルウ]

路 (文春文庫)
路 (文春文庫)
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文藝春秋 (2015-05-22)
売り上げランキング: 258
kindle版
■吉田修一
本書は「文學界」2009年1月号から2012年2月号に連載され、2012年文藝春秋社から単行本化、2015年5月に文庫化されたものを底本とした電子書籍版である。
吉田修一の作品を初めて読んだのは『パレード』の単行本(2002年)だと思うがその後で文庫の『最後の息子』に戻って追いかけ、2004年の『7月24日通り』あたりまでは出るたびに全部読んでいたが2006年の『ひなた』を読んだ後は「もういいか」という気持ちになったので離れていて、去年ごく久しぶりに2009年に単行本が出た『横道世之介』を文庫で読んで気持ちの良い小説を読んだなあと感動した。
というわけでわたしは「吉田修一の良い読者ではない」わけだが、この『路』は単行本が出たときに北上次郎が書評でかなり褒めていて、台湾に日本の新幹線を走らせた件が題材とあったので「へ~随分硬派な題材だなあ、プロジェクトXみたいな話かな?」と気になっていた。

で、文庫化(電子書籍化)したんで買ったわけだが読みはじめてしばらくで「思ってたんと違う…」とは気付いたが、中断するような理由もなかったので気持ちを切り替えて楽しむことにした。
まあ吉田修一らしいっちゃらしいし、これはこれでそう悪くはないのでこういうのを求めて読んだ場合はもっと感動していただろう。
全然硬派でなくて、むしろ甘いドラマチックな要素があちこちにあって、台湾新幹線を走らせるまでの工程やそれにまつわるエピソードも書かれるが、それがメインというよりはそれに直接・間接的に関わったひとや台湾に縁のあるひとたちの人間ドラマにウェイトが置かれている。

多田春香は学生時代に台湾に旅行に行って、そこで道案内をしてくれた青年に連絡先を書いたメモをもらったがそれを無くしてしまい、絶対連絡するつもりだったのにそれが叶わなくなってしまう。その後、恋人が出来たが、その件はずっと気にはなっている。就職先で台湾新幹線の部署に配属され台湾で働くことになった。
安西誠は台湾新幹線部署勤務で、日本に妻子がいるが妻から嫌われていて台湾で出会った明るい女性に惹かれ始めている。
劉人豪は日本からの旅行者を案内したことが発端で日本に関わりが出来、日本の大学で建築を学び日本の会社に就職した。
葉山勝一は台湾生まれで青春をそこで過ごし戦後日本に引き揚げた後、大手建設会社をばりばり勤め上げていまは退職しているが、一度も台湾には帰っていない。
台湾の青年、陳威志はきちんとした職に就けず、兵役後は知り合いの店でぼんやり店番をしていたが好きな女の子と結婚したいしこのままではいけないと考えていて…。

主な登場人物はこんな感じだが、彼らに関わる人物などがほかにもいろいろ出てくる。最初に春香が出てきたし扱われ方からも彼女がこの小説の主人公だとは思うが、安西の話に同情・共感したりその妻の気持ちを思いやったり、葉山氏の気持ちに深くしみじみと感じ入ったり、陳威志の最初の鬱屈から青年らしい明るさに思わず惹きこまれて笑顔を誘われたり、いろいろなドラマがある。
特に葉山氏の話は昔の台湾と日本の関係があっての個人の事情で長い年月が積み重なっているだけにいろいろ考えさせられたし、春香とその日本人の現在の恋人と、台湾での1日だけの出会いの青年との件がどうなるのかという恋愛模様は吉田修一のお得意分野だけに安心してどきどきしながら読めた。

基本的に話の雰囲気から「これはバッドエンドにはならないだろう」と途中から感じていた。だって主軸が台湾の新幹線の話で、それは事実だから最終的にちゃんと走ったことはわかっているわけで、で、その周囲に散らされた人間ドラマだけがぐちゃぐちゃに悪いほうに転がったら「小説的に」変だもの。

この話には人間的にも能力的にもよく出来た登場人物が多いが、なかでも劉人豪はすんごい素敵。彼が葉山氏と知り合って親しさを増していくのとか、ものすごい清々しさでまぶしかった。葉山さんが台湾に行けるようになって、最後旧友と交わす会話にはかなり心を揺さぶられた。外で読んでいたので気を緩めなかったが家で気を抜いていたら泣いてしまっていたかもしれない。春香の前向きでまっすぐな若さは自然に応援したくなるし、ほんとに「悪い人」が出てこない。

台湾に行ったことはなく、知識もないが、震災の時などに大変お世話になった国、もっと日本は仲良くしたらいいのにと常々思っていたけど本書を読むと台湾がさらに好きになる。また、食べ物が美味しそうだなとは思っていたけどやっぱり日常の外食がさかんで手軽で美味しい店がたくさんあるようだ。南国というイメージはあんまりなかったけど地図をみてみればそうかそうだよな…。