2015/06/08

星条旗の聞こえない部屋

星条旗の聞こえない部屋 (講談社文芸文庫)
講談社 (2014-05-16)
売り上げランキング: 27,782
kindle版
■リービ英雄
以前から斎藤美奈子の書評集などでその名前を見かけて頭の隅に引っかかっていた作家の小説を初めて読んだ。

その筆名からハーフなのだろうかと思っていたが、ウィキペディアによれば
リービ 英雄(リービ ひでお、Ian Hideo Levy, 1950年11月29日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー生まれの小説家・日本文学者。本名、リービ・ヒデオ・イアン。日本語を母語とせずに日本語で創作を続けている作家の一人。現在、法政大学国際文化学部教授。ユダヤ系アメリカ人。
東欧系ユダヤ人の父と、ポーランド人移民の母親をもつ。父親は外交官で、英雄は少年時代から台湾、香港、アメリカ、日本と移住を繰り返す。”ヒデオ”は父の友人に因んで付けられたもので、幼少時からの本名である。
とのこと。
日本語の美しさに魅了されたから日本語で小説を書いたらしいが、本書の単行本あとがきにある、父親の仕事の関係で【はじめて日本に住んだ十六歳からこの二十数年間、普通のアメリカ人がカリフォルニアやミネソタにおいて英語で経験する人生の出来事を――物語の最小単位を――ぼくは桜木町、西早稲田、本郷、高円寺、新宿、東中野という場所において日本語で経験した。】というのは大きいだろう。人間形成の最も盛んな多感な時期を日本語で過ごしたひとなのだ。「日本語で経験した」ものを基に小説を書くのだから、それをわざわざ英訳する必要があるのか?ということだ。

『星条旗の聞こえない部屋』は表題作と「ノベンバー」「仲間」の3つの短篇から成るが、いずれも主人公を同じとし、時系列的にも続いていることなどからこれ1冊で1つの長篇のようにも読める連作集。というか、短篇として2篇目・3篇目だけを読むより断然1篇目から続けて読んでこそ、じゃないのかなあと思う。
この小説は著者の自伝的要素が強いようだ。
1967年の日本が主な舞台。アメリカ人の両親を持ち、離婚後母親に引き取られワシントンの高校を卒業した17歳のベン・アイザックは外交官である父親と暮らすために横浜にやってきた。父親は20歳も若い中国人と再婚して一子をもうけている(その為、ベンもユダヤ系の祖父母、親戚などから絶縁された)。
肌が白く淡い色の髪を持つベンはどこから見ても「外人」で、常に視線を集める。そしてその視線はあまり好意的ではない。母語は英語だが、幼いころから父の仕事の関係で東洋に暮らした彼なので「アメリカ」が祖国という意識は薄いし愛着も無いのだが、日本人からは「外人。アメリカ人」としか見られない。一部の英語の習得に熱心な日本人の学生たちに英語での「議論」の相手に付き合わされる日々に違和感を感じていたある日、ベンは「日本に来て、どうして英語で喋っておるんですか」と真っ向から質問してくる日本人青年・安藤義晴に出会うことで蒙を開かれる。

だが日本語に興味を持ち、その勉強をする息子に向かって父親が云う台詞が非常に印象的である。あまりにも真実を突いていて。

  「お前がやつらのことばをいくら喋れるようになったとしても、結局やつらの目には、ろくに喋れないし、喋ろうと思ったこともない私とまったく同じだ。たとえお前が皇居前広場へ行って、完璧な日本語で『天皇陛下万歳』と叫んでセップクをしたとしても、お前はやつらのひとりにはなれない」

ああ、日本ってそういう国だわ…とすごく納得する。
中学だったか高校だったかで教科書に「ガイジン」というのは差別的に感じるから「外国人」と言ってほしい、という趣旨の文章が載っていたのを読んで衝撃を受けて胸に刻んだのだがそれと思い合わせて深く頷いてしまった。

日本人でないからというだけで拒絶反応を起こすというのは英語が話せないから、というのはまあわかるんだけど、この小説で描かれている拒絶はもっと敵意が含まれていて、1967年の日本人はアメリカ人に対してあんまり好感度高くなかったのかな。まあ、安保闘争とか真っ盛りの時代だしなあ。でも読んでるとベンが気の毒で…。日本語で話しかけているのにその内容を聞かず「外人が日本語で喋った」というそのことだけに反応するとか、リアルだなあ~有るよなそういうの~って。


 「ゴーホーム」……「国に帰れ」、「家に帰れ」。アジアの港町という港町で聞こえたこの素朴な喚き声が、しかしアジアにいるアメリカ人に対するもっとも酷な愚弄じゃないか、とベンは山下公園通りを見渡しながら思った。領事館の晩餐会にたびたび来ていたヨーロッパ人は違うだろう。フランス人、イタリア人ならきっと、肩をすくめて一笑に付すだろう。「おお、そのうちに帰るよ、チャオ、オールボアール、サヨナラ」。しかしアメリカ人は、家を捨ててまたは家から追い払われたからアメリカ人なのだ。アメリカ人が、さらにそのアメリカにいたたまれなくなってアジアの港町に寄りすがったとき、「ゴーホーム」は、今まで逃亡してきた道を引返せ、ということだ。家を捨てたときくすねた家宝を懐に隠して、泥棒のようにこっそりと逃亡してきた、その道をすべて引返せ、ということだ。特に、領事館の窓に集まった、アイザックという姓を負っている四人は、「ゴーホーム」と言われても、いったいどこへ行けばいいのか。ブルックリンなのか、上海なのか、それとも幻のエルサレムなのか。(中略)闇の中でそれを見おろしている父と継母と義弟に目をやった。家族というよりも亡命者の寄せ集め、「ホーム」のないヤンキーに「ヤンキーゴーホーム」。


ノベンバー」はNovemberのことで、1篇目の続きである11月の、「父の家を出た」ベンが「しんじゅく」をうろつき、凮月堂で頼んだコーヒーを前に1960年代のはじめ頃、母と二人で過ごしたアメリカの家の回想に続いていく。そして誰が死んだとは明記されていないが墓場に埋葬されるひととその弔問客の描写からそれと知れるジョン・F・ケネディの突然の暴力的な死――。

最後の「仲間」という短篇は「仲間」というタイトルから想定されるような仲良しの気心の知れた人間関係では全然なくて、父親に反発し家出したベンが新宿の夜中に営業している飲食店でウェイターのアルバイトをはじめる、そこの職場の人間関係を中心に書いてある。まあ職場の人間関係は国籍とか関係無しに嫌なヤツが1人はいるもんだけど、アメリカ人だっていうだけで敵意むき出しの「ますむら」は不愉快だしホントに馬鹿だなって思う。
つまりこの話は主人公が「仲間」についに入れなかったという話なのだ。どれだけ日本語をスムーズに話し、同じ制服を着て、彼らの真似を必死にしようとも、「やっぱりあいつらは違う」という日本人側の見方が変わらない限り仲間には入れないという、読んでいて悲しくって悔しくってたまらなくなる話なのだ。

この小説の中の登場人物たちが読む小説が具体的に出ていて、漱石の『こころ』と三島由紀夫『金閣寺』と吉本隆明。特に三島由紀夫については主人公の思考と重ねて言及されたり安藤の部屋にポスターが貼ってあったりといろんなシーンで触れられる。他のどの作家でもこうまでしっくりとこの作品には馴染まないだろうと思った。