2015/06/05

三国志 11 五丈原の巻 & 12 篇外余録


■吉川英治
蜀と魏の戦いのつづき。
孔明は姜維を仲間に得た。美少年でしかも優秀だったらしい。
蜀と魏の戦いは途中から諸葛亮孔明(蜀)と司馬懿仲達(魏)の智の戦いになる。
これが面白い。普通のチャンバラではなくていろんな変わった作戦とか木で作った馬?とか牛?とかの運輸手段が出てきたりとかして。
でも何回やっても孔明の作戦に司馬懿は負け続けだった。これでなんで蜀は三国志の長と成り得なかったんだろう…孔明はどういう負け方をして死ぬのだろうと思いつつ読んでいた。
敵ながら、司馬懿の人柄などが素晴らしくて、全然憎らしさを覚えなかったのも珍しい。
それにしてもまさか孔明がああいう死に方だったとは。
もっとその頃の蜀に関羽みたいな優れた武将がいたら孔明はもっと長生きできたんじゃないかな…。

そして彼の死から後も原典三国志は続くのだけれど、吉川英治はこれ以降は竜頭蛇尾だしいままでみたいに書いていくのはやめる、と「篇外余録」で述べて後は孔明についての補足・踏み込んだ描写、蜀のその後から三国志のその後ざっくりまとめて終わる。

三国志を読む前に三国志について持っていたイメージはすなわち諸葛亮孔明が出てきた以降の三国志だった。でも今回通して読んでみると孔明が出てくるまでのほうがむしろ長いことにびっくりした。

なお、孔明といえば頭にかぶっているものとか手に扇を持っているのとかほぼ定番のイメージがあると思うが、吉川英治の文章では以下のように書かれていた。
年まだ二十八、九としか思われぬ端麗な人物が、頭に綸巾りんきんをいただき、身には鶴氅を着、手に白羽扇を持って】(08 望蜀の巻・白羽扇)
四輪車の上の孔明は、綸巾をいただき鶴氅を着て、服装も常と変らず、手に白羽扇をうごかしていた】(10 出師の巻・王風羽扇)
鶴氅綸巾の人孔明、四輪車のうえに端坐して前へ進んできた】(11 五丈原の巻・中原を指して)
「鶴氅」とは【鶴の羽毛で作った衣。つるのけごろも。】[大辞林 第三版]。
「綸巾」とは【青糸で作った頭巾】[weblio]。

イラストでよく見るあの変わった頭巾みたいなのは綸巾と云うのらしい。そして白い扇を持って、馬じゃなくて四輪車に乗っている。ほかの武将などとはファッションや乗り物からして変わっていたんだなあ。
鎧を着たり馬に乗ったりすることもあったのかもしれないが、吉川英治の三国志ではあんまり記憶に無い。
「篇外余録」で孔明の人物像をあれこれ考察しているのも興味深く読んだが、中国でも半分伝説みたいな存在になってるっぽい。日本で云う弘法大使みたいなものかなあ…。

とりあえず三国志読了! 長かった! でも面白かった!
ちゃんとみっちり熟読したとは言えず、退屈なところはナナメに読んだりもしたのであまり大きな顔は出来ないのだけど、これで三国志の雑談くらいは出来そう。ちょっと調べたらやっぱり孔明関係の小説や漫画が多いのかな、あと曹操主人公のもあるようだ。どれか選んで読んでみようかな…。