2015/06/02

三国志 10 出師の巻

■吉川英治
関羽が死んだ。
曹操も死んでしまった。

この巻では珍しく著者吉川英治の注釈的な文章が本文中に幾度か出てきた。メモした部分を引用。
千七百年前の支那にも今日の中国が見られ、現代の中国にも三国時代の支那がしばしば眺められる。戦乱は古今を通じて、支那歴史をつらぬく黄河の流れであり長江の波濤である。何の宿命かこの国の大陸には数千年のあいだ半世紀といえど戦乱の絶無だったということはない。だから支那の代表的人物はことごとく戦中の中に人と為り戦乱の裡に人生を積んできた。
「三国志」を読みながら日本人との違いなどをぼんやりと考えたりしていたのでここを読んでフウムとなった。
また、関羽の死について(まだその死を書く前にこれが出てくるんでびっくりしたけど)、
全土の戦雲今やたけなわの折に、この大将星が燿として麦城の草に落命するのを境として、三国の大戦史は、これまでを前三国志と呼ぶべく、これから先を後三国志といってもよかろうと思う。「後三国志」こそは、玄徳の遺孤を奉じて、五丈原頭に倒れる日まで忠涙義血に生涯した諸葛孔明が中心となるものである。出師の表を読んで泣かざるものは男児に非ずとさえ古来われわれの祖先もいっている。誤りなく彼も東洋の人である。以て今日の日本において、この新釈を書く意義を筆者も信念するものである。ねがわくは読者もその意義を読んで、常に同根同生の戦乱や権変に禍いさるる華民の友国に寄する理解と関心の一資ともしていただきたい。
盛大なネタ晴らしをしつつ、この小説を書いた意義にまでふれているのを読んで成程なあと感じ入った。

曹操についての思い出話みたいなところで【玄徳の如く肥満してもいないし、孫権の如く胴長で脚の短い軀つきでもなかった。痩せ型で背が高く】とあるのだが玄徳について見映えがするとか誉める描写はいままであったが「肥満」とは初めて出てきた気がする、当時の中国ではふっくらしているほうが良かったんだろうな。しかし孫権のは俗にいう胴長短足…。曹操はいまの感覚でスタイルが良かったみたいですな。

本書では曹操だけではなく玄徳もついに一国の帝の地位となる。その前にまた逡巡するんだけど、孔明に説得されてこれを受ける。このへんを読んでいると玄徳がすごく周囲の目や評判を気にするタイプだったように思う。
大魏に大魏皇帝立ち、大蜀に大蜀皇帝が立ったのである。天に二日なしという千古の鉄則はここにやぶれた。

そのあとまあいろいろいつものごたごたがあった後、ついに劉備玄徳も鬼籍に入る(前から好きでなかったが10巻の玄徳はもう全然応援する気になれなかったので死んでも何にも感じなかった)。
曹操も玄徳もいなくなったが魏呉蜀はある。だから『三国志』は終わらない。

後半、孔明が南蛮に勢力を拡大せんと戦いをするのだけど、このときの南蛮国の王孟獲と孔明の攻防が面白かった。孟獲は何度も生け捕りにされて孔明の前に引き出されてあわや首を切られんとするんだけど毎回わあわあ言って放してもらう。3回目くらいまでは「仏の顔も三度っていうし」と思って読んでいたけど4度目5度目となると孟獲があんまりにも変わらないのでなんだかなあと。でも続けて読んでいくと…。孔明は偉いね。
南蛮の戦いでは肌の色の違う民族が出てきたり、いろんな毒のわく不思議な泉が出てきたり、それを直してしまうスゴイひとが出てきたりと面白かった。