2015/04/19

火花

火花
火花
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又吉 直樹
文藝春秋
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■又吉直樹
読み終わった後、ブログで感想を書いてその作品のジャンルにラベルを付けてカテゴリー分けするのだが、昨今は「これは純文学かなあ、大衆小説かなあ」と判断に迷うことも少なくなくて、例えば同じ作家さんでも芥川賞候補になったり直木賞候補になったりする例もあるし、よくわからない。でも又吉さんの『火花』は読みはじめて冒頭から「うわっ、めっちゃ純文学っぽい」と感じた。文章のひとつひとつの言葉のどれひとつとして「書き流された」感が無い、逆に言うとあまりにも力が漲っていてちょっとのけぞってしまうくらい、「又吉さん、本気で書かはったんやな」とこちらも姿勢を正される思いで読んだ。「芸人さんが手すさびに副業で書いた」というそんな半端なエネルギーでは無いということは確かだ。

最後まで読んだ感想は、なんていうかいろいろな思いがあるが一言でいうなら「めちゃめちゃ素直な純粋なこころで書かれた綺麗なものを読ませてもらったなあ」というかんじ。
主人公は若手の売れない漫才師・徳永。彼が違う事務所の4歳上の先輩漫才師神谷(やはり売れていない)と出会い、彼と先輩後輩の付き合いをしていく日々が書かれている。ふつうの会話だと思って読みはじめたら速攻漫才みたいなボケが入ってツッコミとの応酬になる。この本に出てくる会話のほとんどは漫才みたいな日常会話である。芸人さんて普段からこんな感じなんだろうか、毎日常時漫才の練習してるみたいなもんだ、そりゃ面白くなるはずやなあなどと思った。

神谷という芸人さんのキャラクターがかなり個性的で、一般の企業にはまずいないというかやっていけないレベルの変人ぶりなので読んでいて最初の方は正直きつかった。きついというか、怖い。どこに地雷があるかわからない、なに考えているのか予測できない、こういうひとは苦手だ。だけど語り手の徳永のほうの思考はすごくまともで静かな落ち着きがあったので、そこに救われて付いていけた。そしてだんだん神谷というひとの怖さは薄れて、なんて不器用な、損な生き方しか出来ないひとなんだろうかと思うようになった。純粋すぎるのである。自分にはここまで「平穏な生活」をつぶしてまで自分の理想を貫くような強さは無いし、こういう身内がいたらさぞや神経が磨り減るだろう。心配してもしきれない、生き方の基準が違うからたぶん説得とかしても無理。売れなくて、借金しまくって、それでも「自分の笑い」を貫こうと芸人として生きようとする神谷はあまりにも真っ直ぐすぎて、持ち手の無い刃物のようなものだ。

この本を読むとき、なまじ著者の又吉さんをテレビなどで観たことがあるのでどうしても主人公に重ねがちで、そして「神谷」のモデルでありそうな芸人さんて誰だろうか、などと考えずにはいられなかったし、どうしても「あの又吉さんが書いた小説」という意識抜きで白紙の状態で読むことは無理だった。「芸人さんが芸人を書いているんだからリアリティあるんだろうな」と思ってしまう。まあでもそれは元警察官や元新聞記者が書いたミステリーを読むときも似たようなことを思うから、一緒か。又吉さんが芸人じゃない、サッカーでもない、まったく違う世界のことを書いたとしたらどんな感じなんだろうなとは興味がある。

あと、会話がけっこうあるこの本で「なるほどな」と思ったのは徳永が先輩の話を聞いているときによく「そうなんですね」と相槌を打つことで、この返事はなかなかきちんと先輩の感情をまっすぐに受け止める、いろいろ考えられた深い返事だなと思った。わたしはついつい「そうなんですか」と云ってしまうが「か」と「ね」ではやはり微妙なニュアンスが違う。いや、「か」でも受け止めているつもりでいたが、「ね」のほうがもっとちゃんとしている。
小説云々じゃなくて、実生活に参考にさせてもらいたいと思った。

なおこの本の装丁、カバーを外した本体が黒地に鋭い線が何本か火花のように引いてあって、超クールでカッコいい。