2015/04/18

二度寝とは、遠くにありて想うもの

二度寝とは、遠くにありて想うもの
津村 記久子
講談社
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kindle版
■津村記久子
2012年6月刊『やりたいことは二度寝だけ』の続篇、というのもエッセイだからおかしいけどまあ第2弾である。
前回と同様、章タイトルと初出をまとめつつ写しておく。

Ⅰとなりの乗客の生活
朝日新聞2011年11月6日付~ほぼ月1回のペースで2014年6月30日付まで掲載された「となりの乗客」(順番は少し入れ替えてある)/読売新聞2011年6月2,9,16日付
/「文藝春秋」2012年1月号、「図書」2011年3月号、「文學界」2012年6月号

Ⅱ現代のことばについて考える
京都新聞2011年7月1日付~2013年5月31日付まで不定期に全11回掲載。

Ⅲ溺れる乗客は藁をもつかむ
日経ビジネスオンライン2010年4月5日~2011年3月7日までほぼ月1ペースで全12回掲載。

Ⅳ素人展覧会(第一期)
「Meets Regional」2013年7月号~2014年6月号に連載。
主に展覧会に行ってその紹介文的な。美術館ごとにミュージアムショップの品揃えについての言及があるのが雑貨や文房具好きの津村さんらしい。

Ⅴソチとブラジル、その鑑賞と苦悩
朝日新聞2014年2月26日付、7月23日付、8月4日付、毎日新聞2014年6月26日付

単行本化に際し、一部加筆修正及びタイトルの変更をしたとのこと。

この本は4月8日に出ていたらしいのだが出ているということに気が付いたのは先週で、最近めっきり大きめなリアル書店に行かなくなったせいだろう。で、小さなところだと置いていないかもと久しぶりに紀伊国屋梅田店に行ったら著者直筆ポップが掲げられていて、脇に包装した本書が数冊置いてあった、サイン本だった。おー、むしろ発売日に速攻買い求めていなくてラッキーだったな。
この本のイラストを描かれている木下晋也氏によるカバー折り返しのところにあるのとおんなじ絵のゴム印が押してあって、その下に「死ぬ程二度寝がしたい/津村記久子」とサインがしてあった。というか多分「津村記久子」と書いてあるんだろうなと思う、サイン用に崩した署名だった。「津」はまだしも「村記久子」の部分はそこだけ単独で紙に書いてあったら読めないレベルだ。無理やり活字にしたら「おてヽゝ十」というのがまあまあ近いかな。興味のある方は「津村記久子 サイン」で画像検索されたし。

前回「二度寝」とタイトルにあって内容には無かったから今回もまあそうだろうな、っていうかエッセイなのにタイトル続きっぽくするんだ、へー面白いなと思った。この本のエッセイは、まだ会社員と二足のわらじ時代のものと、退職したときのと、それからしばらく経ってからのが混ざっている。
本を買ってサインなどを見てから読むまでに数日寝かせていたので、「退職されたんだから二度寝しようと思えばできる環境になったはずなのにまだ『二度寝』したくてもどうやら出来ていなさそうな原因はなんだろうか」と考える時間があり、わたしの想像では、津村さんは変に律義というか心配性というか堅実な面がおありなので、会社員にとっては月給制だから休日は休んでも(二度寝をしようがしまいが)給料に変動はないけれども自由業ということはまったくの成果制になったわけだから二度寝をしたりして休んだら即それは自分の仕事量の、ひいては収入の減につながるから逆に休めなくなったということかな……と想像していた。
あとがき的な「吾輩はフリーランスである。二度寝の機会はまだない」によれば「会社員だった頃は、仕事の時間が自由なフリーランスに夢を抱いていた」そうで、だけど現実はそうではなかったという旨のことが書いてあり、なるほどな、そういう方向で「できない」のかとちょっと意外に思いつつも妙に納得したけど、あくまでこれは津村さん流の謙遜的な、自虐的な理由をあえて装ってるだけで現実はわたしの想像が合っているのではないかという気もやはりすてきれない。

津村さん的には「男性には海外サッカーの話を、女性には海外ドラマの話をすれば大丈夫」らしいが、当方はどっちをされても未知かつ興味無しのジャンルなので、あいにく適切な相槌を打てるかどうか疑問である。

その他のエッセイについても津村さんらしい独特の考え方が地道な感じでずっと書かれていて、「まあそういう考え方もあるか」と思ったり「でもじゃあこういう場合はどうなんだろう」と考えたり出来て、面白い。性格的には似ているところより違うところの方が多い気がするが、理解できないとかそういう違いではないので、100%共感とかはしないけどそのしなさ加減が面白いのだ。
特にうんうんうなずいたのは「女の人による「女子」の使い道」「知らないでいる権利」。この解釈をすれば「女子」にそんなに目くじらたてなくてよくなりそうである。なるほどねえ。