2015/03/22

さらば愛しき女よ 【再読】

さらば愛しき女よ ハヤカワ・ミステリ文庫 HM 7
早川書房 (2012-08-01)
売り上げランキング: 18,095
kindle版
■レイモンド・チャンドラー 翻訳:清水俊二
本書は1940年に発表された"Farewell, My Lovely"の邦訳で、1956年3月にハヤカワ・ポケット・ミステリから刊行された後、1976年4月にハヤカワ・ミステリ文庫に入ったものの58刷を底本とした電子書籍版(2012年9月25日発行)である。

以前読んだのは2004年10月だから約10年前で、『長いお別れ』はダントツに良かったがこちらはその良さがよくわからなかった、と日記に書いていて、今回久しぶりにチャンドラーを読もうと思って、『長い』は3回読んで3回とも素晴らしく思ったが流石に内容を覚えているので違う物をということで、「いま読んだら違う感想を持つかも?」と本作をkindle版で読んでみた。

先に結論を云ってしまうと感想は変わらなかった。
この話、出だしはなかなか面白いのである。個性的なキャラである大鹿マロイなる大男の前科者がとびきり派手ないでたちで登場し、わっと大立ち回りを繰り広げる。そして謎の美青年マリオの登場……盗まれた首飾りの謎。

だが途中からなんだかわけがわからなくなる。警察の人間が何人か出てきたり、ふれなばおちん風情の金持ちの美女妻が出てきたり、いかにも妖しげな精神科医(?)が八角形の部屋で出てきたり、その手下は怪力のインディアンだったり、その後麻薬が絡んでうさんくさい医師が出てきたり、麻薬がらみで暗黒街の人間が絡んだりしてくる。この材料だけ書き出してみると「すごく面白い話みたいだよなあ」って思うし実際そうだからこそいまでも読み継がれているわけなんだろうけど、出てくる順番とか書かれ方とかで「そもそもこの事件ってなんだっけ、これが事件とどういう関係があるのか?」がややこしくって。つまりわたしの読解力の問題なのか…? いやでも同じ著者の同じ翻訳者の『長いお別れ』は面白くて感動して超名作と思えるんだからなにかやっぱり違うはず。

翻訳と云えば1956年ポケミスの翻訳から1976年文庫になる際に直したのかそのへんはいっさいわからないけど、まあ古い日本語がよく出てくる。
Copy(コピー)が「コッピ―」。
「金銭登録器」なんて言葉が出てきて文脈からレジスター(キャッシュレジスター)のことだとわかったけど、そうかあれって日本語でいうとそうなんだと初めて認識したくらい。

  私はカウンターにからだをもたせて、もう一度紙幣をおいた。
  「金をぼくに投げつける人間はいない」と、私はいった。「誰でも手で渡してくれる。そうしてもらえないか?」
  彼は紙幣を取って、丁寧にひろげてから、前かけで拭いた。それから、金銭登録器を鳴らし、紙幣を投げこんだ。
  「金は臭くないってね」と彼はいった。「時々ふしぎに思うよ」
  私は黙って見ていた。数人の客がホット・ドッグを買って立ち去った。


穂村さんが『整形前夜』の「裏返しの宝石」でふれていた「ピンクの虫」云々のくだりは本書に登場する。
穂村さんはエッセイでここで虫について話すマーロウにおおいに共感を示していたが、私にはマーロウって変なやつ、くらいにしか思えなかったし穂村さんについてもおおむね同様のイメージを抱いていたので「そうか、穂村さんはそこに反応するんだ。似た者同士共感するんだな」と思った。今回は穂村さんのエッセイが頭にあったので虫について書かれた部分は特に注意深く読んだが、やはりよくわからないということに変わりはなかった。

よくわからない描写といえばマーロウってちょっと変なやつだなと思うシーンがほかにもあった。

  私は水上タクシーに戻った。タクシーの男は冷やかに笑って私を見つめていた。私はその笑っている顔が笑っている顔でなくなるまでじっと見つめていた。その顔はやがて顔でなくなり、ついに、彼のからだぜんたいが一つの黒い点になった。
  帰りのタクシーは長かった。私はタクシーの男に口を利かなかったし、彼も私に口を利かなかった。

――どうでしょう、この「彼のからだぜんたいが一つの黒い点になった」って表現は。なんなんですかね? ここで怒っても損なだけだから、対象を人間から「黒い点」に思えるまで意識、感情の埒外に置いてしまえるまで、つまり自分が落ち着いて冷静になるまで待ったってことかなと解釈したんだけど、いやーでも合ってるかどうかわからないし。

穂村さんのような視点で共感しながら読むとまた違う世界が見えるんだろうけど、わたしはどうやら「わからない」側の人間らしい。残念。