2014/11/15

卵町

卵町 (ポプラ文庫)
卵町 (ポプラ文庫)
posted with amazlet at 14.11.15
栗田有起
ポプラ社 (2014-02-05)
売り上げランキング: 356,238
■栗田有起
この著者の作品は10年ばかり前に『お縫い子テルミー』と『オテルモル』を読んでけっこうその雰囲気が好きだった。
久しぶりに新作を読む。
本書は「asta*」2012年9月号~2013年10月号に連載されたものに加筆訂正して文庫化したもの(単行本はなくていきなり文庫のパターン)。
「asta*」はポプラ社のPR誌っていうのかな、大きい書店のレジ脇とかに無料でどうぞって置いてあるのを2回ほどもらって目を通したことがある…と思ってググったら「ポプラ社新小説誌」なんだって。年間購読2,000円(送料込み)。この手の冊子って1冊だと無料で配ってたりするんだけど(「図書」とか)年間だとお金かかるんだよね、まあ個人で買ってる人ってすごく少ないと思うけど図書館とかが買うのかなあ。

話が逸れてしまった。
ちなみにこれはkindleじゃなくて紙の本。kindleにはまだ無いし。

主人公の女性サナはつい最近実母を亡くしたばかり。
年齢は出てこないけど「仕事を終えると」と書いてある。独身で、兄と父親がいる。お母さんは高齢ではなくまだ若いのに亡くなってしまったというのはなんとなくわかる。読み進むとサナは高校を出てすぐ就職したと書いてある。まだ三十そこそこか、下手したら二十代かもしれない。
サナは母の最期の頼みに応えるために「卵町」にやってきた。

「卵町」はサナが「住んでいる町からは、電車を乗りついで、三時間あまりで着く」と書いてある。この「三時間」には新幹線は含まれないらしい。何故ならすぐ後に「さほど距離が離れているわけではないのだが、かなり異なる世界に足を踏み入れた気分になる」と書いてあるから。それでどちらかというとメインの路線ではなく、不便なほうへ行く感じなんだろうなと見当がつく。
町は卵のように楕円形をしているそうだ。そして「いたるところに医療施設があり、住民のほとんどが施設の関係者である。」らしい……。

この小説を読みながら、「この物語は、まるで書いたひとが己のこころの傷を、書くことで癒すために書いたようなそんな印象を受けるなあ」と思った。別に事実そのとおりかどうかまでは知らないけれどもイメージの話だ。主人公が母を亡くし、喪失感でなにか茫然自失のままとにかく「卵町」にやってきて、母の依頼を叶えようとする、その「ふわふわした定まらないこころ」ぶりが「元気でエネルギッシュな気持ち」と正反対の感じで、まあそういうときってあるよね……と。

サナは母親と仲が良かったというよりは、どちらかというと距離感を感じていた。兄と父のほうがよほど母と仲が良く、だからこそ兄と父は母の死を受け入れることが難しかった。でもサナも母としっくりいっていなかったと感じていたからこそ、あっけなく逝ってしまった母との関係が宙ぶらりんのままな感じになってしまって、だからしんどいんじゃないかなあ。

「卵町」でサナは何人かのひとと知り合い、そして料理を作ってもらって食べることでだんだん「回復」していく。サナ自身はどうやら料理はあんまりしないタイプのようだ(ブリの切り身とあらをそのまま茹でてスープとして食べようとするのにもびっくりしたが、味付けに「塩コショウ」というので「ええええ」と引いてしまった、それを食べた友人は「なかなかうまい」けど「ブリのあらは下処理しないと」と忠告する。わたし的にはお醤油とかお酒とか大根とか無いのかなと思ってしまった)。

この物語では食べ物がけっこう重要な「癒し要素」として出てくる。アパートメントの女主人が作る料理はどれもすごく美味しそうで、しかもなにかあたたかいパワーがもらえそうな感じだ。彼女が作るスープにはいったい何が入っているのだろう。

読んでいてちょっと作品や表現について荒いというか粗いというか、そういうのは2,3目についたがまあ雰囲気を楽しむべきと流して読んだ(たとえば役所で担当者のきっちりした髪型とネクタイを「目に焼き付けながら」役所をあとにしたりするんだけど、それをしっかり記憶して何か意味があるのかなと思ったらなんにもなかったり。なんで「焼き付ける」必要があったんだろう? あと、サナは庖丁を研ぐのが得意らしいけど、肝心要の研いでいるシーンの描写が一度も出てこなかったのは残念だなあ。刃物を静かに研ぎながらどうこう……っていう具体的な描写があると良かったんだけど、砥ぎ石をサンドペーパーで整えるためにそれを探すシーンとかは書いてあるのにね)。

まあ細かいことは無視して楽しんだほうが良いのは間違いない。