2014/11/08

ねじまき鳥クロニクル 【再読】

ねじまき鳥クロニクル 全3巻 完結セット (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社
売り上げランキング: 17,538
■村上春樹
この本を最初に読んだのは文庫化された1997(平成9)年で、次に読んだのは日記によると2004年1月16日らしいのだが【少し読み出すけどこれはさすがにだいぶ覚えているし、どうかなあ。やっぱ初期の作品が良かった……。】と書いてあるのでほとんど読まなかったのだろう。
文庫で上・中・下と3冊あって下が一番分厚く500頁越え。
今回「中」の終わりまでは真面目に読んだけど「下」になるとかなりダレてしまって、部分的に斜め読みしつつとにかく最後まで気にはなるので読んだ。

それぞれの巻のタイトルが上手いよなあ、そそられるというか、いかにも物語的に面白そうで。
第一部 泥棒かささぎ編
第二部 予言する鳥編
第三部 鳥刺し男編

なお、文庫だと3巻一緒に発売だったが、ウィキペディアによると執筆時期が第三部だけ後なんだね。1,2は1994年4月に発売で、3は1995年8月発売なんだと。ふーん。『1Q84』も3巻目だけ後で書かれたけどまたそれとは事情が違うみたいだけど……。

前回再読しかけたときは「初期の作品が良かった」と書いているけど今回『風の歌を聴け』から続けて同時期に読み返してみて『ねじまき鳥』は随分アカぬけたなあ、おしゃれに洗練された小説になっているなあ、ということをかなり感じた。具体的にどこがどうとは云えなくて、全体的な印象なんだけど。話の持って行き方というか、散りばめられている小道具・印象的なシンボルとかの配置がぐぐっと興味をそそられるようになっている。例えば、空家の庭にある謎めいた鳥の石像とかね。枯れた井戸とか、そこに縄梯子かけて降りていくだとか、壁抜けだとか……ファンタジック!わっくわく! みたいなね。

ちゃんと読んだのが1997年ということは17年も前なんだけど、それにしては話のあちこちを覚えていた、というか正確にいうと読みながら「あ、次はあのシーンが出てくるな」と思い出しそれを読むことでよりクリアにたどっていく感じ。
だってこれ面白かったんだもんなあ!

最初に読んだときからノモンハンの皮はぎのシーンがあんまりにも強烈で、今回も「あ、あれが来る……」とどきどきして一瞬読み飛ばしちゃおうかとも迷ったけどでもこの小説であそこはナナメに読んじゃいけないだろうとちゃんと読んで、そしてやっぱりすごい衝撃だった。史実的なものだという頭で読んでいるからそうなるんだけど。まったくのフィクションだと思ったらここまではショックを受けないだろうから。
あの衝撃が1巻で既に出てきていたのか……。

この話のわたしのツボ。
・路地、路地に降りてそこを歩いてミステリアスな空き地に行ったりする設定。
・井戸に降りてそこでいろいろ不思議なことが起こるところ(井戸はイド(自我とか超自我とか心理学用語的な)に通じるのかなやっぱり。心理学は大学の般教や教免絡みの授業でかじった程度なのでよくわからんけど)。
・壁を通り抜けて別のところに出る設定が夢じゃなくて現実にも影響を与えている設定。

この話には女の人がたくさん出てくる、若い女の人がほとんど。で、また例の村上春樹流「交わり」描写がいっぱい書かれる。もうこのひとはこういうひとなんだろーなーと諦めんといけんのじゃろうね。でも無くても良いと思うんですケド!無かったらもっといいのにと思うんですケド!

『鼠』シリーズと違うなあと思うことが結構あって、主人公の他のキャラとの付き合い方とか、……他人に対してわりと積極的に働きかけていく感じがした。あと、ストーリーに実際あった戦争などの話が絡むこととか。ノモンハンのエピソードとか1巻だけかと思ったらずっと引きずって関わってくるんだよね、ソ連の皮はぎ野郎は本当に胸糞悪かったけどこのひとって綿谷ノボルとなんか関係あるのかな……生まれ変わり的な。なんかそんな印象なんだけどこれって本文のどっかでちゃんと書かれているんだろうか(3巻ナナメ読んだ弊害で不明)。

加納マルタとクレタというのが結局なんだったのかとか、綿谷ノボルがどうして女の人をああいうふうにすることで「汚す」ことになるような能力?というかそういう影響力を持つ人間であるのかとか、猫が突然失踪してまた唐突に戻ってきた(けどシッポは違う?)のは何故なのかとか、よくわからないことは残ったままだけど、まあでもこの話の一番メインの「クミコ(妻)をこの手に取り戻すぜ!」という目的には光が見えたから大団円、ということになるのかなあ。でも普通奥さんが出て行ってもう電話するのも苦痛だって言ってるのに「戻ってこさせるぜ」って言ってる男はストーカーということになっちゃうよね……奥さん視点で考えるとこの主人公はなんでそこまで自信があるのかという気もするなあ、とか思いつつ読んだ、結局最後の方で語られるクミコの話で主人公のひとりよがりじゃなかったことが判明するわけだけど、それはこれが特殊な物語で、したがって奥さんの失踪理由も極めて特殊だからこそ成り立つんだよね。

なんだかんだ云って男主観の男視点の話だよなあ、というのが全体的ぼんやりした感想でもあった。あと、村上春樹の小説の主人公はどうしても、そう読んじゃいけないことは百も承知なんだけど著者本人のイメージが抜けきってくれなくて、いまいち萌えきれないのだった。女の人にモッテモテなんだけどシュッとしたハンサム青年の像が浮かべられないの……。