2014/09/05

逃げる幻

逃げる幻 (創元推理文庫)
ヘレン・マクロイ
東京創元社
売り上げランキング: 2,846

■ヘレン・マクロイ 翻訳:駒月雅子
本書は1945年に書かれた"THE ONE THAT GOT AWAY"の本邦初訳で、ウィリング博士シリーズものである。
例によってミステリーなので、未読の方には白紙で読むことをおすすめしたい。
わたしなんぞ、ミステリーの場合は帯も読了するまで読まないよう気を付けている(カバーごと外すとか、書店カバーをかけてもらったままで読み終える)。

あたりさわりのないレベルでご紹介すると、これはいっぷう変わったミステリーで、第二次世界大戦終了直後の1945年という時代を色濃く反映しており、なかなかじっくり読ませる説得力があった。
また、舞台がスコットランドの田舎ということで、ムアが広がる独特の風景、要塞の描写なども味わい深かった。
語り手が元精神科医の予備役大尉なので、出てくる人物に対する観察方法も細かくてミステリ向き。
この話でもウィリングは途中からの登場である。

以下は内容に踏み込むので白紙で読みたいかたはスルー推奨。
本書のテーマなどに触れています


帯には「人間消失と密室殺人」と書いてあるけれど、読み終えてからこれを見て「まあたしかにそれもあったけど、なんかそれを本書の特徴として上げるのには違和感があるな」と感じた。というのは、本書の力点は明らかにそういういわゆるミステリーらしい謎にあるのではないからである。
いったいこれはどういう展開をみせるミステリーだろうかといろんな可能性をなんとなく考えつつ読み進んでいったわけだが、田舎に越してきたある一家の息子(少年)が3度目の家出をした、でも何故家出をしないといけないのか、周囲のおとなには理解し難いという「謎」が提示されて、でもまさかこれがミステリーとしての謎ではないよなあ、家庭問題だよなあ、思春期で難しい時期だからそりゃーいろいろあるだろうさ、とか思っていたらなんとこれが本書の根幹であり、テーマでもある重要な「謎」だったのだから驚いた。殺人があるのだが、その犯人が誰かというのは全体の流れの中から揺るぎない結論として出てくる形。
そういう意味でミステリー的な突飛な展開はほとんどないし、驚愕の事実、というのもないんだけれど、でも本書が優れたミステリーだというのは間違いない。それは、歴史と、それぞれの人物の内面についてしっかり描いた説得力のある展開が支えているからで、読了後もあれこれ考えてしまう余韻がある。
これだけ他がしっかりしてるんだから最後の終わり方がちょっとだけ残念で、とってつけた感があるような気もするが、まあ本書の本筋とは違うんだから仕方ないか(そっちをメインに書くと恋愛小説かコージーみたいになってしまうだろうし)。
ウィリング博士ものを数作読んだけど、シリーズものの名探偵役としてはどうしてもキャラがいささか薄いと思ってしまうのは突飛な設定ではなくごくごく常識的な紳士だからだろうなあ。