2014/08/31

キャベツ炒めに捧ぐ

キャベツ炒めに捧ぐ (ハルキ文庫 い 19-1)
井上 荒野
角川春樹事務所 (2014-08-09)
売り上げランキング: 22,008

■井上荒野
初・井上荒野。
以前から気にはなっていたのだけれど、なんとなく文庫裏のアラスジとかナナメ読んでみるに、自分の趣味・守備範囲とはちょっと違うかな?と思って読んだことがなかった作家さん。
過日、大きめの書店で文庫の買いだめをしようと書棚を回っていた時にこれが表紙見せで置いてあり、「おっ、料理ネタ!?」ここ数年のマイ・テーマであるので飛びついた。井上荒野ってどんなふうか読んでみたかったし。帯などを見るに、タイトルだけ料理名で中身は料理ニュアンス程度というわけではなく、けっこうがっつり料理が絡む小説っぽい。
【小さな総菜屋で働く3人の女性の幸福な記憶と切なる想いを描いた話題作、待望の文庫化】だそうで。
しかも解説が大ファンである平松洋子! 鉄板である。

6ページからお話が始まる。一番最初のお話には「新米」とタイトルが書いてある。語り手の女のひとのモノローグに、後ろから声がかかる、それと同時に「きゃはははは」という笑い声が。
「きゃはは」ってひっさしぶりに読んだ笑い声を表す言葉だなあ、「昭和」っていうか、きゃぴきゃぴしてるっていうか、えーとなんというか二十年以上前のギャルっぽいイメージ。
お総菜屋で女性たちのお話、という予備知識が帯によってあるから、頭の中になんとなくぽわんと中年くらいの語り手の女性を思い浮かべており、この「きゃはは」の声の持ち主はそれより若い元気な女性を想像した。
というわけで、次の8ページを読みはじめてちょっと、静かな衝撃が我が心中に走った。
ろ、61歳!? この「きゃはは」の声の持ち主が!?
……そうか、まだまだわたしは修行が足らんのだなあ。しみじみ、己の固定観念を反省した。

このお話は最初に出てきた人がずっと通しで主人公なのかと思ったらそうではなくて、お惣菜屋さんで働く3人の女性それぞれが章ごとに交替で主観・一人称になって登場するスタイルの長篇小説である。

江子(こうこ)さん 61歳 お総菜屋ここ屋のオーナー。11年前に店を始めた。
麻津子(まつこ)さん 60歳 お惣菜屋ここ屋の開店当時からの従業員。
郁子(いくこ)さんの年齢は不詳、「最年長」とあるから62歳くらい? ここ屋新人従業員。

途中で調べてみたら井上(荒野)さんは1961年2月生まれだから2014年の現在でも53歳。この本の単行本は2011年9月刊。50歳そこそこのときに、60歳以上を主人公に据えて小説を書かれたということになる。

わたしにとっては50歳も60歳も未知の世界であるから、よくわからないのだが、何故この小説は著者と同じ50歳くらいの女性たちが主人公ではないのかなあ、と読みながら何度か思った。だって別れたご主人に未練たっぷりだったり、幼いころに亡くしてしまった息子のことを思い続けていて最近死別した夫に対する複雑な思いがあったり、若いころ失恋した幼馴染みにいまだに恋心を抱いていたりして……要するに、若いんだもん、いろいろなことが。
60歳ってこんなもんなのかなあ、50歳ならまあこうかな?って想像できる範疇なんだけど、うーん、自分の親とか見てる限りじゃこういうのは無さそうっていうか、でもまあ、個人差とか環境差とかあるしなあ。

年齢のことはぴんと来なかったが、それを考えずに純粋に「個人」としてとらえて読むとなかなか面白い話で、共感とかも出来る話で、下手したら35歳~45歳くらいのひとの話として読んでも違和感がないのだった。とくに麻津子さんなんて。60歳過ぎてこの怒涛の展開は、想像を超えていた。じ、人生って60歳越えてもまだまだ何でもアリなんだ!?うわっ、すごいな。40歳で不惑とかどこの国の話って感じだなあ。

こういうひとたちのそれぞれの人生事情は60年生きているならではの重みも、それに積み重なった年月ゆえの諦念もあって、でもそれだけを書いてあるんだったらいささかしんどかったかも知れないのだが、このお話の素晴らしいところは出てくる料理、お惣菜のリアルさ、日常性である、そしてかなり美味しそうで「作ってみたい、食べてみたい」と思わせる魅力に満ちていることである。
ゆりねの入った、たっぷりの豆腐をごりごり擦って作るひろうす(がんもどき)。
さつまいもと烏賊の煮たの。
さつまいもと鰤のアラを煮たの。
豆ごはん。
キャベツを炒めたの。
アサリの揚げたてフライ。
混ぜごはん。
いかにも毎日の食卓に出てきそうな、レシピが無くてもカンで作っても大丈夫そうな、ふつうっぷりが嬉しい。特にさつまいもと烏賊とか鰤のアラというのはこのお話の主人公たちが新婚時代に新妻が愛読した料理本に載っていたもので最近はあんまり見ない組み合わせということで、新鮮だった。どんな味なのか、興味津々!近いうちにぜひ作ってみよう!

レストランでも食堂でもなく、お総菜屋だからこそのポジションというか、味付けとか献立とかがあると思う。ああ「ここ屋」が近所にあったらちょっと手抜きしたいときとかにずるずる甘えちゃいそうだなあ。

60代の主人公たちの「アイドル」として20代前半のハンサム青年・進くんというのがレギュラーで登場するのだがこれがこの小説の「いい箸休め」というか、アクセントになっている気がする。
でもこの小説でいちばん恰好良くてダンディで素敵で惚れてしまいそうなのは(盛りだくさんすぎ?)、やっぱりダントツで白山氏よね~。旬氏はちょっと、わたしは「無い」かなー。あ、俊介さんは全然「有り」。いい旦那さんだと思うんだけどなあ。まあいろいろあって仕方なかったんだろうけど……。でも終盤いろいろ気付けてよかったと思う。
このひとたちのお話、もっと続きを読みたいな。