2014/03/09

文鳥・夢十夜 【再読】

文鳥・夢十夜 (新潮文庫)
夏目 漱石
新潮社
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■夏目漱石
文鳥
鈴木三重吉にすすめられて文鳥を飼う話。小鳥の造作や動きについて観察したことが丁寧に書いてある。基本的にこの文鳥の世話をする役目はこの小説の主観たる「自分」らしいのだが、どうも積極性に欠けるようで、そもそも文鳥だって飼いたくて飼ったわけじゃない、押し付けられた珍しい美しいもの、というスタンスのような気がする。文鳥と昔の女とを重ね合わせたりしていて、そのうち文鳥が世話を怠ったせいで死んでしまって、家人のせいにしていたりして、世話が出来ないのであれば生き物は飼ってはいけないという話ではないと思うんだがそれにしてもなんだかなあという感想。

夢十夜
高校の教科書に第一夜、第三夜、第六夜が載っていたことは覚えている。一読してそのSFみたいな奇想天外な面白さ、ユニークさ、斬新さに仰天した。漱石ってこんなのも書くひとだったんだと思った。そのあと文庫で他も読んだ。「昔の文豪が書いた純文学」というイメージと違い過ぎて、驚愕した。
第一夜は絵が綺麗、第二夜はこんな悪夢ありそう、第三夜は怪談だよね(吉野朔実にこれをイメージさせる漫画がある、『いたいけな瞳』収録)、第四夜はハーメルンっぽいというか民話とか昔話の不思議系、第五夜は西洋の星座の神話っぽく、第六話は仁王を彫る運慶の図が鮮やかに眼前に浮かんで面白い、第七夜は何故かドタバタコメディ洋画のワンシーンぽく思え、第八夜はよくわからないが不気味であり、第九夜は悲しく、第十夜はまさかの庄太郎物第二弾で怖い話である。

永日小品
創作なのか実際あったことを書いてあるのかわからないが、単純にそういうふうに読めるので、漱石の日記風随筆と思って面白く興味深く読んでいると、どうも現実のこととは思えない小説のようなものもある。子どもの頃の思い出のような話、人から聞いたのかと思う話、目にしたことをそのまま活き活きと書きつけたかのような話、いろいろある。英国の話と日本の話がアトランダムに混ざっている。以下は小見出し。試しに英国物は( )で印を付けてみる。
元日、蛇、泥棒、柿、火鉢、下宿(英国①)、過去の匂い(英国②)、猫の墓、暖かい夢(英国③)、印象(英国④)、人間、山鳥、モナリサ、火事、霧(英国⑤)、懸物、紀元節、儲口、行列、昔、声、金、心、変化、クレイグ先生(英国⑥)

英国物はすべて昔のことを思い出して書いている随筆系だと思うが、その他を印象で分けてみるとこんな感じ? 
現在の日記風なもの:元日、泥棒、火鉢、猫の墓、行列
対象人物をテーマに書かれた写実風の話:柿、人間、山鳥、モナリサ、懸物、儲口、声、金
過去の思い出系:火事、紀元節、変化
創作ぽいもの:蛇、心

思い出す事など
いわゆる「修善寺の大患」の前後の出来事、心情などを非時系列で書いてある。生死についていろんな考えたことを書いてあることはもちろん、看護婦や医師が世話をしてくれるのは職業上の義務からだけど、そこに好意もあるのだと解釈したほうが心があたたかいというふうな考察があって、共感した。また、同時期に東京で起こった大水の話も書いてあって、知り合いなども被災してという話は、最近の被災なども思い合わせ、いろいろ感ずるところがあった。俳句や漢詩もたくさん出てくる。自分は一瞬死にかけてしかしそこから生き延びたのに、院長や知人の訃報を聞いてその差について考えたりする。特にドストエフスキー(本文ではドストイェフスキー)の生死の間をめぐる運命とそれに対する先生の考察はたいへんに心を衝かれた。
「生き返ったわが嬉しさが日に日にわれを遠ざかって行く。あの嬉しさが始終わが傍にあるならば、――ドストイェフスキーは自己の幸福に対して、生涯感謝する事を忘れぬ人であった。」

ケーベル先生
英国から日本に来て十八年になる教授の家に友人と晩餐に行ったときの話、教授の人柄が淡々としている。

変な音
入院生活で、夜中に隣の病室から大根おろしを使うような不思議な音がする…。快復する患者、死んでしまった患者、そのことについて考える話。「思い出す事など」連載の後に書かれたもの。

手紙
これは現代にもどこかで似たような話がありそうな、恋愛というのか、人間性についてとかいろいろ考えさせられるドラマチックな話、読み終えて「はあー」とためいきをついてあれこれ考えちゃった。十代でもわかるだろうけど、もう少しいろいろ経験してから読むとこの短い話のもつ深さへの共感度が増すように思う。