2014/02/21

百鬼園随筆 【再々読】

百鬼園随筆 (新潮文庫)
百鬼園随筆 (新潮文庫)
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内田 百けん
新潮社
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■内田百閒
本書は三笠書房から1933年(昭和8年)に上梓されたものが福武文庫から出たものの新潮文庫版。ただし現代語仮名遣いに変更、ルビも振られている。

目次。
短章二十二篇
琥珀 見送り 虎列刺 一等車 晩餐会 風の神 髭 進水式 羽化登仙 遠洋漁業 居睡 風呂敷包 清潭先生の飛行 老狐会 飛行場漫筆 飛行場漫録 嚏 手套 百鬼園先生幻想録 梟林漫筆 阿呆の鳥飼 明石の漱石先生
貧乏五色揚
大人片伝 無恒債者無恒心 百鬼園新装 地獄の門 債鬼
七草雑炊
フロツクコート 素琴先生 蜻蛉玉 間抜けの実在に関する文献 百鬼園先生言行録 百鬼園先生言行余録 梟林記


琥珀」は、学校で松ヤニが長い間地中に埋まって化石化したものだと教わった少年が家に帰って松ヤニを地面に埋め、そわそわする話だが、わたしも小学生のとき似たようなことをした。海に遊びに行ったとき拾ってきた貝殻を庭に埋め、「奈良は海が無いのに化石になって出てきたら未来のひとはびっくりするかな」などと空想して楽しんだのだ(子どもの考えることなので)。琥珀について習ったときは、琥珀そのものよりも、中に虫を閉じ込めたまま固まってしまって化石に、という、その「虫」の気持ちに気を取られていたように思う。
見送り」は漱石の息子が洋行する見送りに遅れてしまったので寄港地の神戸まで行ってそこで見送りをする、その発想がすごいなあといつも思う。
清潭先生の飛行」は、音の聞こえない遠くから見ての描写が実にユーモラスで、まるでトーキーのコメディ映画そのものである。実際に、こういうくすぐりをフィクションで観たこともある。太ったおじさんを飛行機に数人ががりで押し込み、足が突っ張って苦労し、やっと乗せたと思ったら反対向き……。こういう内容なのだけど、「笑った」とか「爆笑」とかそういう、「笑」という字を一度も使わずに淡々と描写してあるところがポイント。
老狐会」はセンスがいい名前だなあ。
飛行場漫筆」は初めて飛行機(ジャンボジェットみたいな大きいのじゃなく、プロペラ機みたいなの)に乗ってそのへんを飛んだ、その体験と気持ちがすごくリアルに正直に書かれていて、とても良い。
明石の漱石先生」は神様のように崇拝しているひとが自分の郷里(岡山)近くに来られてそれだけで何かもう、うわあああ、となっている様子、周囲のみんなに「すごいんだぞ」と言いたくてうずうずしている様子が手に取るように伝わってきて、すごく共感できる。
債鬼」は小説だけど、その前の実際の借金にまつわる随筆を読んできてこれなので、「ああこういうふうに一泡吹かせてやれたらなあという妄想をしておられたのかなあ」などと忖度したり。
蜻蛉玉」は強迫神経症の一種と言ってしまうと身も蓋もないが、まあこういう「気になって仕方ない」のは誰しも多少はあるよね。それをユーモラスに描いてある。このL氏というのはちょっと芥川っぽいかなあとか邪推。

それにしても百閒先生は借金をしょっちゅうして(大きな額ではなく、小さな、家賃だとかそういう生活費的なもの)おられたようだが、何故なのかなあ。大学の先生と、原稿収入があって、食べ物はオカラとかスズシロ(大根)とかそんなのを召し上がっていて、外套は人が捨てようというのをもらって染め直したものを十年も着ている、つまり全然贅沢していないようなのに。
――と思っていたら、『続』のほうでなんとなくわかった、遅刻しないために車を呼んで毎朝通勤してたとか書いてあるのだ。ふつうは、遅刻したくなかったらそれに間に合うように早起きして電車なりバスなりで行くもんだけどなあ。毎日タクシーで通勤するようなもんでしょ? それは同僚から嫌味いわれても仕方ないよなあ。まあ、こういう浮世離れした精神こそが百閒先生なのかもね。

川上弘美の解説は「イヤダカラ、イヤダ」の顛末について書いてあって、何度読んでも爽快。面白い。ファンは快哉を叫んじゃうね。