2014/02/05

食いしん坊

食いしん坊 (河出文庫)
小島 政二郎
河出書房新社
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■小島政二郎
平松洋子の書評集『本の花』で、小島政次郎『天下一品 食いしん坊の記録』 (2012.7河出文庫)が紹介されていて、これは1978年光文社から出たものの文庫版だが、興味をもって購入しようと調べたら、その前の1954年に文藝春秋新社から出された『食いしん坊』というのがあり、これが評判になった本らしいというので先にこちらを読んでみた次第。
これは、1951年から1968年にかけて「あまカラ」という雑誌で長期にわたって連載されたものの初期掲載分をまとめたもののようだ。

「あまカラ」(1951年創刊)と「あまから手帖」(1984創刊)は両方食に関する雑誌だけど、関係があるのかどうか、ネットでざっくりググったぐらいではわからなかった。
ちなみに、「あまカラ」の発行は大阪市東区 鶴屋八幡内 甘辛社、発行人は鶴屋八幡の今中善治氏、編集人は水野多津子さん。編集の水野さん(創刊当時21、2の若いお嬢さんだったそうだ)や鶴屋八幡が発行(紙代と印刷代など持ったスポンサー)となったいきさつなどは『食いしん坊』の中でふれられている。
一方の「あまから手帖」も大阪市。北区中津の株式会社クリエテ関西という会社が発行している。まあでも、名前をあやかった程度かな?「あまから手帖」はテレビ番組「あまからアベニュー」と連動していたとあるし。

1951年に、小島氏は57歳。『食いしん坊』は氏が57歳から60歳あたりのときに連載されたものということになる。
美味しいもの、食材、料理やお店に関する随筆集と思っていたら、まあそれがもちろんベースというか、テーマのひとつではあるのだけれど、どちらかというとそれにまつわる当時の文壇周辺の交遊録、人間模様のほうがウェイトが高く、しかも「食」は「和菓子」のことが多かった。お菓子以外に出てくるのって日本酒(甘党だけど味わうことは出来たらしい)と鰻(関東風の鰻の美味しい店、関西風のは基本的に別物であり、どうも認めてないっぽいけど1軒だけ絶賛している)、くらいかなあ。あ、あと松阪の有名なすき焼きの名店も登場する。
餡が好きで、羊羹は固いから駄目で、砂糖の甘いのは言語道断、という感じである。水羊羹が美味しくて一度に十個食べるとか、健啖家というのを通り越して異常だなあと思っちゃう。

「ここの和菓子が最高である」的紹介を具体的な店名をあげて紹介してあるんだけど、但し書きとして「戦前は」とか「機械化して落ちた」とかあるのでいま現在はどうなのかなあ。有名な虎屋の羊羹なんかは固いし甘いし黒いしもう全然ダメということらしい。三重の赤福も機械化してダメになった。四日市の長餅は誉めてあって、わたしもあれは大好き、ただし機械化云々がどうなっているのか不明。

作家の有名な食の随筆ということで、食べ物の美味しさをいかにうまく表現してあるのかと思っていたら、そういう類の美辞麗句はほぼいっさい無いと言ってよく、昨今の工夫を凝らした食エッセイとは雰囲気が違った。ただ文章全体に書き手の熱気というか熱心さがあふれているから、美味しいんだな、好きなんだなというのは十二分に伝わってくる。

当時の裏文壇史としても貴重で興味深い内容。
友人、先輩などとして出てくる名前がすごいひとばっかりで、ミーハー心が騒ぐ。ざっと挙げるだけで芥川龍之介、志賀直哉、北大路魯山人、菊池寛、谷崎潤一郎、泉鏡花、久米正雄……。
近代文学のそうそうたるメンバーにクラクラ。
ちらっと出てくるだけのひともいるけど、芥川さんが普段の気の置けない雑談でどんな感じだったのかとか(才能高きひとの茶目っ気が良い)、魯山人の食材に関する目利きの素晴らしさ(肉屋の店先にぶらさがってるのを見ただけで良し悪しがわかるとか流石)。
とくに泉鏡花の潔癖症は有名だけどと前置きしてのいくつかのエピソードは、ああいう耽美な文章を書かれるひとだし難しくてこわいひとだったのかなというイメージを覆す、あたたかでユーモアのあるお人柄が伝わってきて、鏡花ってやさしいひとだったんだと好感度アップ。鏡花の奥さまが炒って淹れる絶品の番茶も素晴らしいなあ。ガス火は駄目で炭火じゃなきゃというので真似しにくいのが残念。

ネットで検索すると、古本屋さんのサイトで「あまカラ」のバックナンバーの表紙画像が見られるんだけど、予想をはるかに超えるオシャレで斬新なデザインにびっくり! 素敵だわあ。欲しくなっちゃう。そういえば、昔の着物のデザインとかハイセンスなものが多いもんね。なるほどなあ。

本書には単行本時あとがきと、文庫になったときのあとがきの2つが収録されているのだけれど、後者で著者が自分の書いたものの中で小説などに比べると気軽に書いた本書が一番売れて、一番ひとからも「読んでます」と挨拶されたものだと苦笑まじりにぼやいているような一文があり、おかしかった。でもこれをきっかけで小島氏の小説も読んでみるかも?