2014/02/26

硝子戸の中 【再々読】

硝子戸の中 (新潮文庫)
夏目 漱石
新潮社
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■夏目漱石
昔読んだ時も「はああ、先生もいろんなひとの相手をして雑事にまみれなくてはいけなくてお気の毒、大変だ、先生ほどの頭脳がこんなしょうもないことに費やされるなんて国家の損失ではないか」と呆れたり憤りを感じたものだが、今回も茶を送りつけてきて短冊を書けだの、書いたものを読めと言ってきてそのあとどこかに紹介しろだの、自分の悲恋を聞いて小説に書いてくれだの、実に身勝手なひとびとが先生の書斎を訪れるのでそれにいちいち対応される先生に深く同情の念と尊敬の念を抱き申し上げるところである。

学習院で講演して、謝礼として十円受け取った件でいろいろ考えられたことが書いてあったのだがこれが興味深かったというか…。先生としては自分が口に糊するのは文筆業によるものだけで、講演は好意によって行ったわけであるから、その謝礼として物品でならともかく金銭で渡されるのはどうにも自分の心持として納得しかねるものがある、らしい。講演は世のために役立とうと思って行ったのに、金銭で支払われてしまってはというその思考が、そしてそれを次に講演を頼みに来た若い人に云ったり、こうして朝日新聞紙面で公のもとにさらしたりしてしまうところがなんとも融通の利かないまでの実直さというか、後世まで尊敬される偉人ならではだなあ、流石です先生!と思わず両手を胸の前で組んでキラキラ見上げちゃう。

昔読んだときはそれらの日常描写が強く印象に残っていたのだが、今回読むと後半はほとんど小さいときの思い出、昔住んでいた町内の話とかお母様の面影を追う話だとかになっていて、大正も遠いけど明治の最初のほうなんてもうさらに遠く、近所に寄席があるとか、芸者がふつうに日常生活の知り合いの姪にいるだとか、すごいなあと思って読む。実のお母様がおばあさんにしか見えなかったとあるけれど、まあ昔と今じゃ違うからなあ。小さいころ夢の中でたくさんお金を使ってしまい、返せないと苦しんで起きて母親を呼んで打ち明けたら、お母さまが微笑んで「全部返してあげるから大丈夫」とおっしゃったというのが良いエピソードだなあと。「そんなの夢ですよ」じゃないところが素敵。末っ子だったけど自分が意固地なこともあり、甘やかされはしなかったと先生は書かれているが、大事にされていたことがわかる挿話だね。